南に向かって馬を飛ばす。
 道行く人がカイを振り返ったが、今はその視線を気にしている場合ではなかった。
 確かに、正装で出てきてしまったのはちょっと、気合入れすぎたかもと思わなくもない。
 白い上下にマント、白い革のグローブ。それからブーツ。
 戦闘員として公式な場に出るときの正装。
 グローブは魔力を抑えるためにする。人間相手では、自分の放つ魔法は強すぎる。ましてや友人だ、殺すわけにはいかない。
 王都からは随分離れ、一面に草原が広がる。といっても、まだ王都の方が近い。もうすれ違っていたらアウトだ。
 紫の瞳に焦りの色が浮かぶ。
 トウゴがマサキに何を吹き込まれて、何を仕掛けてくるかわからない。けれど絶対に止める。戦うことになっても、王都にだけは入れない。王都で戦いなんか起こしたら、それだけで捕まる。
 ふと、自分以外の蹄の音が聞こえた。
 セレスティンを止めて、しばらく待つ。
 草原の向こうから、一頭の馬がやって来る。
 ぴったりと、カイの真正面で馬が止まる。
「トウゴ……」
 馬具を何もつけずに馬に乗る。それは自分の故郷の人間の特技。
 それをやってのけるひとりの少年。
 赤茶の髪と、薄い橙の瞳。顔つきは少し大人びたけれど、それ以外は何も変わっていない。――ように見える。
「久しぶりだな、カイ。随分めかし込んで、どこに行くんだ?」
「お前を、止めに」
 正直に言った。嘘はつけない。つき通せる自信もない。
「俺を止めに? 何言ってるんだよ、手紙読んだんだろ?」
「そんなの嘘だ。本当は……オレを」
 倒しに来たんだろう?
 最後の言葉は出なかった。どんな理由があったって悲しすぎる。
「知っているなら話は早いよな」
 言うなりトウゴが馬から降りる。お前も、と視線で言われてカイも降りた。
 互いの馬はよくしつけられていて、主人が降りたからと言ってどこかへ行くこともない。止まった場所できちんと待っている。
 膝まで草が茂る草原。草が風でさわさわと揺れる音だけがしている。
「お前のことは聞いた。俺は絶対に、ヴェルメをお前の好きなようにはさせない」
 ヴェルメ、それが自分の故郷の名。
「……好きなように? どういうことだ?」
「とぼけるな。とにかく俺は心底頭に来てんだ。お前さえ倒せば、ヴェルメを守ることができる」
 トウゴが何を言っているかわからない。
 自分が故郷に何かをしようとした?
 ただ、平和であって欲しいと、それだけを願っているのに。
 何がどう彼に伝わっている?
 沈黙を肯定と取ったのか、トウゴが掌をカイに向けた。
 (ヤバい!)
 思った瞬間、
「『火炎・爆ファイア・ブラスト』!」
「っ! 火・壁ファイア・ウォール』!」
 火の壁を作って横に跳ぶ。
 自分がいた場所に、壁を突き破っておびただしい量の炎が爆発と共に現れる。
 爆発系は、四元素を操る魔法の中でも最も難しいものだ。一朝一夕でできるようになるものではない。
 トウゴには魔術の才能がある。
 今の一発でそれを確信した。
「随分な魔法使ってくれるな? 手加減なんかしねえぞ?」
「してもらわなくて結構だ」
「『火炎・弾ファイア・ボール』!」
 炎で大きな球を作ってトウゴを狙う。
 彼は身を捻って避ける。身体能力も申し分ない。
 だが。
「――戻れ!」
 カイが叫ぶと、球体は地面につく前に方向を変え、トウゴの真後ろの地面に落ちて弾けた。
「っ!」
 さすがに避けきれず、トウゴは足下を掬われて倒れる。
 (意外と上手くいったな……)
 あさってな感想を持ちながら、トウゴに近づく。
「オレが……ヴェルメをどうするって?」
「どうするも何も、火炎魔法の実験台にするって言ったのはお前だろ!?」
「なっ……」
 火炎魔法の実験台?
 そんなものは考えたこともない。
 第一王宮の外では公務以外魔法を使ってはいけないことになっているのだ。
 しかも草原の中に佇むあの村に火炎魔法なんて放ったらどうなるか、考えなくても判る。
「なんでオレがんなことしなきゃなんねーんだよ!」
「何言ってんだ! 自分で提案して、もう上からの許可は降りてるんだろ!?」
「つーかお前、そんなこと誰に聞いたんだよ!」
 そう、そこが一番肝心。
 彼にそんなことを吹き込んだのは本当にマサキなのか――そうでないならば、これ以上の争いはできない。
 たとえ何発魔法を喰らっても。
「知りたかったら俺を倒してみろ!」
 (だからっ、何でそーなるんだよ……!)
 怒りのあまり、理論的に話すことができなくなってしまっている。
 トウゴの中で、カイは「生まれ育った村を焼け野原にしようとしている裏切り者」以外のなんでもないのだ。
「『我に従え火輪フェーゴ・アニージョ』!」
 カイを中心として、炎の円が現れる。
 (黒魔術かよ!)
 黒魔術は、カイが習得している精霊魔法――地水火風の四元素を基にした魔法――と違い殺傷能力が高い。戦闘員の中で使うことができるのはミホだけだが、彼女も滅多に使わない。
「本気だな……?」
「初めからそう言ったはずだ」
 不敵な笑みを浮かべる。
 仕方ない。
 とりあえず黙らせて頭を冷やさせるしかなさそうだ。
 そう決めて、カイは呪文を唱える。
「『火炎・弾ファイア・ボール』!」
 炎の球を頭上に撃つ。
「何をして――」
「もひとつ『火炎・弾ファイア・ボール』!」
 立て続けに炎弾を撃ち、ついでにトウゴにも放つ。
 トウゴが避けた隙に、
「『火炎・矢ファイア・アロー』!」
 十数本炎の矢を出現させ放つ。
 トウゴは退くしかない。
 そうこうしているうちに、徐々に周りの炎が弱くなる。
「な、何をした?」
「大したことじゃねーよ」
 それだけ言うと、再び掌に力を込める。
 カイがやったのは、炎を炎で消す少々危険な方法だ。逆方向から炎を燃やせばその間の酸素が薄くなり、勢いが弱まる。
 時間はかかるが、火の魔法しか使えないカイにとってはこれしか火を消す方法がない。
「『火炎・爆ファイア・ブラスト』!」
 動揺しているトウゴの前に、すかさず強めの爆発を起こす。
 そのまま吹っ飛ばされて草原を転がった。
「俺は、絶対にお前に負けるわけにはいかないんだ」
 そう呟いたかと思うと、起き上がりながら呪文を唱え始めた。
   やはり精霊魔法ではない。黒魔術だ。
 呪文を唱えているトウゴの周りに結界が起きている。それは高度な魔法を唱えている証。
 (ってそんな強いの、制御できんのか!?)
 カイは歯を食いしばって、結界に吹き飛ばされないように耐えながら叫んだ。
「トウゴ、それ使ったらお前がどうなるか判っ」
「『我に従え火炎錐フェーゴ・プリシオン』!」
 カイの叫びはかき消され、すさまじい炎が彼を包んだ。

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