カイは考える。
 (先手打っとくかなー……)
 ベッドにどさりと寝転んで、ぼんやり天井を見つめる。
『お前たちの知り合いの誰かに何かしら吹き込んで攻撃させるとか』
 コウのさっきの言葉が頭から離れない。
 この王宮に入る以前の知り合い、といえば地元にしかいない。
 すぐにでも行って、誰にも何も変わりがないか確認したかった。
 (でもあの街の誰かが何かしてくるなんて、考えたくもねえし)
 仮に戻ったところで、誰がマサキと接触したか気になって仕方ないだろう。会う人全てを疑ってしまいそうだ。
 事情を知っていて何食わぬ顔で動く、というのがカイは何より苦手だった。
 嬉しい驚き、例えばメンバーの誕生日なんかを隠しておくのなら別にいい。けれどこんな仕事をしていれば、知りたくもないことを次々と聞かされ、そしてそれを言っていいと言われるまで隠す――そんな騙し討ちみたいなことも幾度かした。
 懐かしい人々を前に、いつ本当のことが口から転がり出てしまうかわからない。
 そんなことをぐるぐると考えていると、ドアが控えめにノックされた。
「はい」
「キルトワーク様、お手紙が届いております」
 いつも身の回りの世話を焼いてくれる侍女だ。といってもカイ専属ではなく、戦闘員専属だ。さすがに一人に一人ずつ侍女をつけてもらうほど贅沢な暮らしはしていない。
 ドアを開けて礼を言って、手紙を受け取る。
 差出人は、ユイ・キルトワーク。実の姉だ。
「タイミングよすぎじゃねーか?」
 呟いて封を開ける。
 手紙は自分や家族の近況、村の穀物の出来などが書かれている。筆まめな姉から送られてくる、月に一度のいつもの手紙。
 相変わらずな故郷の様子が目に浮かんで、思わず笑みがこぼれる。よかった、変わったことはなさそうだ。
 安堵の息をつきかけた瞬間、最後の文章に目が留まった。

『そういえば、この間黒い髪の魔法使いが来て、トウゴには魔法の素質があるって王都に連れてったの。そっちで会うこともあるかもしれないから、いろいろ面倒見てやってね。』

 手から便箋が落ちた。
 目の前が真っ暗になる。
 (トウゴが――!)
 黒い髪の魔法使い?
 そんな者はあの村にはいない。
 すぐに故郷に戻っていいかどうか確認するべく、コウの部屋に走る。
「コウ! 今姉貴から手紙――」
 ドアを蹴破る勢いで開けると、既にリエがいた。瞳には僅かに涙が滲んでいる。
「まさか、リエも……?」
「ってことはお前もか」
 コウが軽く嘆息して、カイを中に入れる。扉にきっちり鍵を掛けて、机の椅子に座る。
「手紙が来た。トウゴって……オレの、一番仲良かった奴なんだけど……が、黒い髪の魔法使いに連れられてこっち向かってるって」
「そうか。リエは?」
「町に黒い髪の魔法使いが来て、その後アオイって子が行方不明になったって」
「そのアオイって、知り合いか?」
 コウの問いにリエが頷く。
「二人とももうわかってると思うけど――黒い髪の魔法使いっていうのは残念ながら、マサキだ」
 一番聞きたくなかった事実。
 違っていたらどんなに良かったか。
 カイは拳を握り締めた。
「あたしやだよ……! マサキって人が何言ったか知らないけど、アオイがあたし殺すって言うなんて信じらんない! 信じたくない!」
 ぼろぼろ涙を零しながらリエが声を上げる。彼女の手には一枚の紙が握られていた。それは手紙と言うには小さく細長い。
「リエのそれ、どっから?」
「さっき部屋戻ってすぐ、伝書鳩が来て。あたしの町、伝書鳩の飼育で食べてる人多いからみんなしてて。来るの珍しくはないんだけど」
 鼻を啜りながら答えて、カイに紙を差し出す。
 そこには『黒い髪の魔法使いが現れた後、アオイが行方不明になった。リエを殺す、と言っていた』とだけ書かれている。紙の大きさから見て、それが限界だったのだろう。
 カイは顔を上げてコウを見た。薄紫の瞳に、強い意志が宿っている。
「コウ。オレは今から、こっから南に向かう」
「じゃあ……」
「ああ。トウゴがここに着く前に止める。もし戦うことになったら、ここじゃまずいだろ? 戦いたくなんかねーけど」
「頼む。説得できれば一番いいんだろうけど、どうしても無理だったら最悪王都には入れないってことだけ守ってくれ」
 カイが頷いた。
「リエはどうする?」
「……今すぐは無理。もうちょっと頭の中整理するから。カイとは方向別だし、先出て」
「わかった」
 それだけ聞くと、踵を返して自室に戻る。
 ちょうど廊下の掃除をしていた侍女に告げた。
「オレのマントと乗馬用ブーツ準備してもらっていいですか。白いやつ。あと、セレスティン乗れるようにしといてください」
「畏まりました」
 侍女が去る。
 セレスティンはカイの愛馬だ。小さい頃から乗っている馬で、離れ難くて故郷から連れてきてしまった。王家の厩で世話をしてもらっている。
 部屋に入って、クロゼットから皮のグローブを取り出す。掌と甲だけを覆う、指先が出るタイプだ。
 服を着替えて、最後にそれを嵌める。
「トウゴ……頼むから、オレと戦うなんて言わないでくれ……」
 その呟きは誰にも聞かれず消えた。