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「おばさーん、その豚肉のスープとサラダこっちねー!」 背中まである長い銀髪を揺らして、橙の瞳の少女が威勢良く手を挙げた。 ごった返す食堂で、取り違えられそうになった注文を取り返す。 「よく見てるわねー……」 もうほとんど食事を終えてデザートを選んでいた、短く切り揃えた黒髪に黒い瞳の少女が溜息をつきつつ言う。 銀の髪の少女はまだ食べたりないらしく、メニューに目をやりながら返した。 「だーってー、ここで間違われたりしたらカイとアサミがまた暴れちゃうかもだしー」 「ま、それはそうね」 もう一つくっつけたテーブルで、もはやフードバトルの勢いで繰り広げられる食事風景に二人はげんなりする。 カイと呼ばれた茜色の髪と薄紫の瞳の少年と、アサミと呼ばれた茶髪に雷色の瞳の少女はそんな様子には気がつきもせず、猛獣のような食べっぷりを披露している。 周囲の客が、どちらがたくさん食べたか賭けまで始めていることなど誰も気がついていなかった。 「んで、リエはまだ食べるわけね?」 その言葉に、銀髪の少女のリエが頷いた。 「とーぜん。ミホはもーいいの? デザート食べるなら一緒に頼むよ?」 「あ、じゃあオレンジのシャーベット」 隣の食糧戦争は見なかったことにして、ミホとリエは和やかに食事の終盤に入ろうとする。 「すみませーん、オレンジのシャーベットと鮭とキノコのホイル焼き一つ――」 ずつ、と続けようとしたリエの声は外からばたばたと入ってきた男の声に消された。 「大変だ大変だ! そこの通りで大喧嘩だ!」 その言葉を聞くなり、ミホとリエは顔を見合わせ、立ち上がろうとしたリエをミホが片手で制する。 「街中で魔法はご法度よ」 「だけど!」 「もうちょっと話聞いてから行くかどうか決めた方がいいわ」 ミホの冷静な判断に、リエは渋々頷いて腰を落ち着ける。 慌てて入ってきた男に、その場で飲み食いしていた客たちが次々と言葉を投げる。 「喧嘩だァ? んなもん茶飯事だろうが」 「それがえらい美人が杖一本でごろつきのしちまってんだ! ありゃあ見といた方がいい!」 大変、とはどうやら見逃したら大変、という意味らしい。 美人と杖、と聞いてミホとリエの緊張は解ける。それってもしかして。 「へえ? 美人ったらどんなんだい」 「見たこともねえ綺麗な金髪でよ、目もまた、なんつーんだ、綺麗な緑で」 「お前綺麗以外に語彙ねえのか全然わかんねえよ」 「うるせえなお前自分が学校出だからっていい気になりやがっておぼえてろ」 「いいから早く案内しろよ! 何にしろそんな美人の喧嘩ほっとくわけにはいかねえ!」 そうだそうだ、早く早くと入ってきた男を先頭にほとんどの客は出て行ってしまった。 残ったのは、リエとミホとカイとアサミ。 カイとアサミも食べながらも話は聞いていたようで、カイが言った。 「金髪で緑の目で美人って、ヒナだろ?」 「でしょうね。もう、どうせ絡まれるに決まってるんだからあたし行こうかって言ったのに」 「あれ、でもコウも一緒だったんだよねえ?」 先ほど取り違えられそうになっていたサラダの最後の一口を口に放り込みながらアサミがのんびりと言う。 「まあコウとヒナじゃ、『兄ちゃんえらい美人連れてんなぁ』『姉ちゃんこの街のもんじゃねえだろ、案内してやるよ』ってな具合に絡まれてもしょーがないんじゃないの」 割と酷いことをあっさりと言って、リエは暇そうになった店員を呼ぶ。 「すみませんオレンジのシャーベットと鮭とキノコのホイル焼きください」 「あいよ。あんたたち、喧嘩見に行かなくていいのかい?」 「いいんです。ほっといてもその美人さん、もうすぐここ来ますから」 にっこり笑って言うリエに、店員は不思議そうに首を傾げながら注文を書き取る。 「じゃあついでにデザートのここからここまで全部」 メニューを指差しながら横から口を挟んだカイに、店員は驚いたがすぐに注文を伝えに言った。 大量のデザートを作る破目になったコックに軽く同情を覚えながら、ミホが言う。 「ほんっとよく食べるわね」 「王宮の食事うまいけど堅苦しいだろ。戻る前に食えるだけ食っとこうと思って」 「そりゃそーかもしんないけど。あー、また帰ったらどっさり仕事溜まってるんだろうなー」 「早く来ないかなあデザート」 ひとり王宮の仕事よりも食事に思いを馳せているアサミに、三人は苦笑した。 国属戦闘員、というものがいる。 もとは姫のために集められた者だが、いろいろあって今は国を守るためにさまざまな任務をこなしている。 結成されて間もないため、顔を知っている者は少ない。 それは時には有利だし、時には不利だし、時には煩わしい。 その戦闘員のコウとヒナは、今まさに煩わしさの中にいた。 「すみませんけど、そこどいてもらえませんか」 目の前の、明らかにあぶれ者といった感じの数人にコウが言った。 水色の髪に青い瞳で、人の好さそうな顔つき。やや童顔。そのせいか、ヒナのように目立つ女の子なんか連れて歩いていると今のように絡まれることも多かった。 「兄ちゃん、そんな強気な口きくと後悔するぞ?」 「後悔するのはあなたたちでしょ」 ヒナが肩の金髪をはらって強気に言い放った。宝石のような輝きの緑色の瞳が鋭く光る。 コウはヒナの様子に、魔法だけはやめとけよとかこっそりアドバイスした。 「さっきからどいてって言ってるのに、わからない人たちね」 そう言って持っていた白銀の杖を構える。 「こりゃ見物だ! そんな細いもん一本でおれたちに向かう気だとはな!」 笑いさえ起こる。 ヒナが確認のためにコウを振り向くと、コウは仕草でどうぞ、と促した。 「どかないあなたたちがいけないってことにしちゃうからね!」 言うなりヒナが地面を蹴る。 彼女の倍はあるかという男達の真ん中に飛び込んで、まず杖ではなく肘で一発喰らわせる。 その細い腕からは信じられない力で繰り出された一撃に男はたまらず倒れこむ。 何となく只者ではない感じを受けた残りの男たちは全力で彼女に拳を振り上げた。 その拳が降りてくる前に、しゃがんで男達に足払いをかけ、踏みとどまった者には立ち上がる勢いで蹴りを喰らわす。 立ち上がるときには彼女を中心に男たちが倒れていた。 「お見事」 コウがぱちぱちと拍手をして、ヒナは振り向いて笑った。 周りにはいつの間にか人が集まっており、拍手が起こった。 訳がわからないヒナとコウは、賛辞を背中に受けながらその場を後にする。 「驚いたな、あんなに人がいたなんて」 「気がつかなかったわ。コウの言う通り魔法使わないでおいて良かった。でもどうせ見られるなら、コウがかっこよく立ち回ってみせたほうが体裁がよかったんじゃないの?」 「いいよ俺は。もう腹減って動きたくないし。それに剣とか全部カイに預けちゃったんだ」 「素手でもわたしより全然強いくせに、よく言うわ」 呆れるヒナに、コウはあははと笑っただけだった。 |