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その一杯が、誰かの心を繋ぐ。 小さな幸せ配達人、その名は――ティーメイカー。 episode.1 ダージリン ぴろりーん、と小さな音がして受信フォルダが勝手に開く。 パソコンデスク備え付けの椅子にだらしなく座って、舟漕ぎまでしていたアイリは、すぐさま反応した。 「来たああぁぁっ! ハルキ、仕事っ!」 普通より少し茶の肩くらいまである髪を二つに結っていて、17歳という年よりは少し子供っぽく見える。愛嬌がある瞳は、今はパソコンの画面に釘付けになっている。 「……ってこの間大騒ぎして開いたらただの“サーバメンテナンスのお知らせ”だっただろーが。開いてから騒げっての」 はしゃぐアイリをたしなめるハルキは、アイリとは対照的に大人びた印象を与える。見た目は茶髪にピアス、今風の格好とかなり軽いが、中身は落ち着いていてクールだ。こちらは18歳。 「言われなくても開きますよーだ」 アイリは少しむくれながらも、メールを開く。 間違いなく、依頼のメールだ。 「ほらやっぱりねっ♪ わぁ、だいぶ寒い方みたい。服いっぱい持っていかなきゃ」 かなり浮かれながらも、しっかりメールをプリントアウトすることは忘れない。 この瞬間から、契約は成立。アイリとハルキの仕事の始まりだ。 アイリはプリントアウトした1枚を、ハルキに投げる。 ハルキもソファで寝そべった体勢の割にきちんとキャッチして、しばらく読みふける。 「……なるほどな。早速準備するか。」 「うんっ。じゃ、明日の朝9時に駅でね」 それだけ決言うと、パソコンの電源を落として、二人でキッチンに向かった。 ここからは、機械に頼らない、自分達に懸かってくる仕事。 機械には、決してできない仕事。 遠藤愛里(えんどう・あいり)と須上陽希(すがみ・はるき)。 彼らを人は、ティーメイカーと呼んだ。 “紅茶仕立人”――一種の心理療法のようなもので、些細なことからもつれてしまった人間関係や、人生に疲れた人を、おいしい紅茶でもてなすのだ。 もてなす、といっても彼らが出向いていくので、正確には「もてなしに行く」と言った方がいいかもしれない。 今回も仕事が入り、彼らは依頼人の所へと向かうことになった。 電車が駅に着くなり、アイリは叫んだ。 「ギャー何これっ! 寒い! 信じらんない! ホントに同じ国!?」 「国境は越えてねえっつーの。確かに寒いけどな」 朝早い長距離列車に乗って、彼らは目的地に到着した。 駅の近くの、なるべく安いホテルに泊まることにする。何日かかるかわからないので、経費は抑えるに越したことはないのだ。 部屋に入ると、外とは別世界のような暖房の温かさに、救われたような気分になる。 「あーあったかーい。まだ冬じゃないだけ救いかなぁ。ところで、依頼人さんと会うの何時?」 アイリが訊くと、荷物を解いていたハルキが携帯電話を見て答える。 「5時、だな。駅前のカフェだってさ。ここのロビーまで来てくれって言うんだったか?」 「んーん、わざわざ来てもらうくらいならあたしたちが行くよぉ。それに待つより待たせた方が余裕もできるでしょ?」 向こうに、と付け足してアイリも荷物を解きにかかる。 寒い寒いと文句を言う割に、こういうところはしっかりしている。何かにすがりたい状況の人間の心をしっかり捉えていて、侮れない。最も、そうでなければこんな仕事もやっていられないが。 (コイツの怖いのは、それを無意識に考えるところだよな……) すっかり冷たくなった手を温めながら荷物と格闘するアイリを横目に見ながら、ハルキは思う。天然なのか計算なのかわからない。アイリのことは一から十まで知っているわけではないし、過去のことも知らない。 ただ、ティーメイカーとして一緒に仕事をするようになった、というだけだ。 驚くほどあっさり、アイリは今の生活にも自分にも馴染んだ。そういう能力ももちろん、買われた部分ではあるだろうけれど。 「あ、ハルキ、せっかく道具あるんだしさ、お茶飲もうよ! あたし、アッサムのミルクティーが飲みたいー」 「そうだな。まだ時間あるし、休んどくか」 「うん。えーっと、これだっけ」 アイリは自分の荷物から、小さな缶を取り出す。 小さいが、密閉性に優れていて錆びない、紅茶の茶葉を保管するにはいい缶なのだ。 蓋にはラベルが貼られていて、『アッサム―ディクサム』と書かれている。 インドのアッサム地方で収穫されるディクサムという種類の葉、という意味であり、ミルクティー向きで、アイリが一番好んで飲む種類だ。 ハルキは備え付けの電気ポットに水を入れて電源を入れる。 「ホテルだとやかんで沸かせないのがちょっとなー」 「まあそれはしょうがないよ。それより資料読んでおかない? 何訊くかとか考えなきゃ」 「そーだな」 お湯が沸くのを待つ間、二人は細かく打ち合わせをして段取りを決めた。 日暮れの早い冬、夕方5時といえばもうかなり暗い。しかも雨も降り出して、気温は更に下がった。 アイリとハルキはコートを着こんで待ち合わせの場所に向かった。 二人が入っていくと、何も言わないのにウェイトレスが奥の席に案内してくれる。 そこにはもう、先客がいた。 「……二宮、鈴香さん?」 アイリが小声で訊くと、その女性ははっとして二人を見た。 「初めまして。依頼を受けて来ました。遠藤愛里です」 「須上陽希です」 「あ、……初めまして」 鈴香が面食らっているのがわかる。 正式な会社に依頼して、まさか自分よりも年下の「子供」が来るとは予想できないのだから、当り前といえば当り前だ。 もうこんな様子にも慣れた二人は、気には留めず向かいに座る。 「あの、……あなたたちが?」 本当に仕事するんですか? という口ぶりに、二人は頷いてみせる。 「そうです。あなたが依頼した会社に、勤めてるんですあたしたち。きちんと、そこから言われてここに」 「説明するより、見てもらった方が早いと思うんで」 ハルキはそこで言葉を切ると、ウェイトレスに紅茶を3つ注文した。 しばらくしてそれが運ばれてくると、ハルキは鈴香に飲むように促す。 「ここの紅茶って、よく飲みますか?」 「ええ。学校帰りによく寄るので……」 「今日の紅茶はいつもと同じ味ですか?」 ハルキに問われて、鈴香はもう一度紅茶を飲んだ。少し考えて言う。 「いつもより、ざらざらした感じがしますけど……」 「愛里はどう思う?」 「この紅茶は多分ダージリンの夏摘み。このカフェも流行ってるだけあって、いい葉っぱ使ってる。けど、段取りは良くないみたい。抽出時間だいぶ過ぎてからカップに注いでるから、ダージリンの一番おいしい瞬間逃してるし、鈴香さんも言ったけど舌触り良くないよね」 一口飲んだだけですらりとそこまで言ってのけたアイリに、鈴香は目を丸くする。 ハルキはそれを見て安心すると、少し付け足した。 「ちなみにこのざらつきは、長くほっといて茶葉が脆くなってるのに注ぎ方が乱暴で、茶漉しで濾せないくらいのカスになって混じりこむからです。……信用、してもらえますか?」 鈴香はただ驚いて、首を縦に振った。 途端にアイリはさっきまでの硬い表情を崩してにっこり笑うと、切り出した。 「よかった。じゃ、仲直りしたい人のこと、聞かせてもらえますか?」 その人当たりのいい笑顔に、鈴香も少し緊張を解く。 知識をひけらかすようなことは二人とも嫌いだが、こうでもしなければ仕事をさせてもらえない。子どもだからと、それだけで何もさせてもらえずに追い返されたこともあった。――早く大人になりたい。それが二人の口癖だ。 「仲直り、っていうか……相手はつきあってる人なんですけど、この頃上手くいってなくて」 鈴香がぽつりぽつりと話し出すのを、時々相槌を打ちながら二人は聞いていた。 彼女曰く、大学に入ってからつきあいだした恋人が最近冷たい。浮気をしている風でもないし、嫌われてもいないはずなのにどこかよそよそしくて、彼女もそんな態度を取られるのが嫌で何となく距離を置く感じになってしまっているのだという。 「隠し事があるなら、どんなことでもいいから言って欲しいんです。私は、まだ終わらせたくない。彼に、その意志があるなら話は別ですけど」 「ということは、本音を引き出せばいいわけですよね?」 「はい。お願いします」 「わかりました。では明日の閉店1時間前に、理由はなんでもいいです、適当に言って二人でここに来てくれませんか? きっと、彼に本音を言わせるようなお茶をお出しします」 アイリがきっぱりそう言った。そこに、自分へのプレッシャーも混じっていることはハルキしか気づいていないだろう。 「ありがとうございます! 必ず、来ます」 鈴香は深々と頭を下げた。 最初からは想像もつかないほど顔を輝かせて、彼女は店を後にした。 ふー、とアイリが息をついた。 「やっぱ最初に会うのが一番緊張すんねー。これさえ終わればあとはお茶淹れるだけなのに」 「まあな。でも今回は割とすんなりやらせてもらえてよかったんじゃねーの?」 「そだねー。それにしてもあの人、ホントに彼のことが好きなんだね。じゃなきゃここまでしないもん」 「別れる意志が相手にあるならそれでもいい……か。俺的には隠し事ってそれじゃねえな」 「え、わかるの?」 「大体はな。つーかお前、この店に来させてどうすんだよ? ここじゃ俺たちが紅茶出すなんて無理だぞ?」 「もーハルキってば、入口にアルバイト募集の紙貼ってあるの気づかなかった?」 「全然……って、まさか……」 訝しげな視線を寄越すハルキに、アイリは有無を言わせない笑顔で返した。 「そう。あたしとハルキで、これから明日までアルバイトするの。どうせ必要経費全部は払ってもらえないんだもん、ちょっとは稼がなくちゃ、ね?」 そう言われて、ハルキは頷くしかなかった。 夜になってホテルに戻った2人は、早速明日使う紅茶を選び始めた。 「どーする? イメージとかできてるか?」 再びポットに水を入れながらハルキが訊くと、アイリはしばらく考えてから言った。 「ん〜……。『どこか昔懐かしい味』って感じかな」 「また難しいことを……。まぁ、気持ちはわからんでもないけど」 ため息をつきつつも、ハルキはダージリンティーのリストを取り出した。 夕方行った喫茶店が、以前2人の行き付けであったこと、つきあい始めたのもちょうど今くらいの時期であったことを聞き出していたので、アイリがアルバイト交渉をしている間にハルキがさりげなく店に揃えてある茶葉をリサーチしてきたのだ。 「あの店によく行ってたんなら、飲んだことあるのはここらへんだと思うんだよな」 「しかも冬に、でしょ? そうするとセカンドフラッシュかオータムナルなんだよね」 「出してる値段からいっても限定モノって事はないよな? とするとだいぶ絞れるか」 2人でだいたいの目星をつけ、早速ハルキが片っ端から何種類もの紅茶を点てていく。 ちなみにセカンドフラッシュはいわゆる『夏摘み』のことでは5〜6月に摘まれる茶葉、オータムナルは『秋摘み』のことで11月に摘まれる茶葉のことだ。 最初はセカンドフラッシュのナムリン(インドのナムリン農園で摘まれたもの)を淹れ、ハルキがアイリに差し出す。 アイリは一口飲んでみて、近いけど、と呟いた。 「少し違うか?」 「うーん……もう少し、甘めな感じがいいかな。ちょっと爽やかすぎかも」 アイリが残したカップの残りをハルキが飲み干し、確かに、と呟いてまた淹れ直す。 正直、ほとんどの全ての種類の味は知り尽くしている。 こうして一回一回飲み比べるのは、その時その時にぴったりの一杯を出すためだ。 アイリの舌とハルキの腕、その2つが揃って初めて、“仕事”としての紅茶が成立する。 ハルキに種類を判別できるだけの舌がないわけではないし、アイリが紅茶を淹れられないわけでもない。ただ、プロとして紅茶を出すには今のスタイルがいちばんいいというだけだ。 その後何種類か試して、やっと2人はぴったりくる味を見つけた。 「明日の主役決定、だねっ」 アイリが言うと、ハルキも少し安心したように頷く。 その手には、『ダージリン――セカンドフラッシュ・マーガレッツホープ』と書かれた缶が握られていた。 翌日はあいにくの雨で、喫茶店内はいつもより混んでいた。 ハルキはホールには出ず、カウンターの中で黙々と紅茶やコーヒーを淹れていた。バイトの段取りを取り付けたのはアイリだが、さすがに自分がウエイターに向いていないことをよくわかっている。 ちょうどアイリが仕事をひと段落させてカウンターに戻ってくる。 「忙しそうだなウエイトレスは」 「ホントだよー。雨続きだからみんな考えることはおんなじみたいだね。そーいえばさっき、紅茶がおいしくなった気がするってお客さんに褒められたんだけど、ハルキなんかした?」 「いや全然。俺は至極普通に淹れてるだけ」 「それでいつもの葉っぱがおいしくなっちゃうんだもんねー。だからハルキってずるいよ」 「ずるいとかの問題か?」 「そーだよ。あたしがいくらおんなじ葉っぱで、おんなじ条件で淹れても絶対同じ味にならないんだもん。そういえば、フレーバーティーの注文が多いとダージリンの抽出時間もつられて長くなってるみたいだから、気をつけてね?」 ウエイトレスとして飲み物や軽食を運ぶ傍ら、紅茶をチェックすることは忘れなかったようで、アイリはしっかりハルキに注文をつけてくる。 「飲みもしないでそこまで当てやがって、ずるいのはどっちだよ」 ついハルキが憎まれ口を叩くと、アイリは「さあねー」とか言いながらまた仕事に戻った。 そうこうしているうちに、閉店1時間前。 いつもより早い閉店に、客に文句を言われながらも、店員たちはばたばたと片付けを済ませる。――アイリとハルキを除いて。 最後の客と入れ違いに鈴香と、おそらく件の彼だろう、の2人組が入ってきたのを確認して、アイリはこっそり表の札を「CLOSED」に変えた。 「いらっしゃいませ。お決まりになりましたらお呼び下さい」 窓際に座った二人に、ハルキがメニューを差し出し、一度カウンターに戻る。 「ここに来たのは久しぶりだけど、随分空いてるな。最近流行ってないのか?」 「そんなことないわよ。ちょうど電車の時間が近いんじゃない?」 交わされるのは、ごく普通の会話。 けれどアイリは一言も聞き漏らさないように、さりげなく近くで作業をする。 「……それとも、久しぶりすぎてここの感じ忘れちゃった?」 いきなり鈴香が核心に触れた。 あまりに早いのに驚いて、アイリはハルキに目配せする。 ハルキが首を横に振るのを見て、まだ間に入るのを待つ。 「嫌味か? それ」 「そうよ。最近誘っても断ってばっかり。メールの返事もくれないし。こんなのつきあってるって言える? 別れる気なら、はっきりそう言って。私は、覚悟はできてるから」 「おい、一体何の話――」 そこでハルキの合図で、アイリが割って入った。 「お話中すみませんが、メニューの方はお決まりでしょうか?」 そこで鈴香はやっと本来の目的を思い出したように、声のトーンを落として言った。 「……決めた?」 「何でもいい。まかせる」 「じゃあ、このケーキセット2つお願いします」 これは昨日、アイリが鈴香に仕込んだ台詞だ。紅茶を頼んでもらわないことには始まらない。 「かしこまりました」 アイリが丁寧に頭を下げて、オーダーをカウンターに置く。 ケーキはあらかじめ、店が用意しておいてくれたものを出すだけだ。アイリはそれをトレイに乗せて、紅茶を待った。 ちょうど沸いたお湯を、ハルキがゆっくりとポットとカップに注ぐ。 「時間、頼んだぞ」 「了解。まぁいつものごとく、好みは勘だけどね」 「それでも外した事ないだろ?」 ハルキはあらかじめ持ってきておいた紅茶の缶を取り出し、ポットとカップのお湯を捨てて、茶葉をポットに入れた。 丁寧にお湯を注いで、蓋をして熱が逃げないように布製のカバーをかけて、しばらく待つ。 ハルキが言った『時間』とは、この抽出時間のことだ。短すぎれば渋いし、長すぎればいらない苦味まで出てしまう上に茶葉も脆くなり、ざらつきが出てしまう。それでもちょうどいいタイミングは一定ではない。アイリはその人の人柄や好みから、ちょうどいい味を出すための抽出時間まで探り当てる。 ここで急がないのが、おいしく淹れるコツだ。紅茶を淹れるハルキの動作は、無駄がなくスマートだけれど、どこかゆったりしている。側で見ていて、何となく和む。 蒸らしている間に、2人はまた、テーブルの会話に耳を傾けた。 「……さっきの話だけど。俺がいつ、別れたいなんて言った?」 「言ってないわよ。ただ最近全然話もしてくれないから……」 「それだけでなんだって話がそこまで発展するんだよ?」 「それだけ!? それだけって何よ!? 私達はつきあってるのよ? それがなかったらただの他人じゃない」 「俺が、四六時中他人といるのは好きじゃないって知ってるはずだろ」 「いつも一緒にいたいなんて言ってない。たまにはこうして一緒にお茶してくれたり、メールくらい返してくれたっていいじゃない」 「そうやって要求されんの、嫌いなんだよ。何だよさっきから文句ばっかりつけやがって。お前の方が俺とわかれたいんじゃないのか?」 「な、なにそれ!? そういうこと言う!?」 アイリはそんな2人を見てため息をついた。 「……また始まっちゃったー」 「みたいだな。……っと、時間だ」 きっちり4分待って、ハルキは紅茶をカップに注ぎ分けた。ここもやはり慎重に、でもできるだけ速く。 「ほらよ」 白いカップを2つトレイに置くと、アイリがそれをテーブルに運んだ。 「失礼します。ケーキセットをお持ちしました」 そこで2人は気まずそうに口を噤み、アイリがケーキと紅茶を並べていなくなるまで押し黙っていた。 アイリがカウンターに戻ると、2人は先程の言い合いで喉が渇いたのか、紅茶に口をつけた。 その瞬間、同時に驚いたようにカップを見つめた。また一口飲む。 アイリはこの瞬間が何より好きだった。仕事が上手くいき、同時にハルキの紅茶が認められた瞬間だからだ。 「……おいしい」 鈴香が呟いた。 「これ、覚えてる? 初めて2人でここに来たときに飲んだ紅茶」 その一言で、アイリとハルキの仕事が成功したことがわかった。 昨日選んだマーガレッツホープは、伝統のあるインドのマーガレッツホープ農園のもので、誰でも一度は飲んだことのあるいかにも紅茶、といった感じの味だ。渋みも少なく甘みもあって、飲みやすい。あえてよく飲まれるこの種類を選んだのは、よく来て飲んでいたなら常備されているこの種類が一番可能性が高いだろうと思ったからだ。 「もちろん、覚えてる。別に俺は、お前と別れるつもりなんて全然ないからな」 「え?」 「きちんと言わなかった俺も悪いけど……お前があんまりひどい勘違いするもんだから、ついきつく言って……悪かった」 「ううん、いいの。私こそ……勝手に勘違いしたんならごめんなさい」 「……仲直り、できたみたいですね」 そこでアイリが口を挟んだ。 いつの間にか2人はテーブルまで来ていた。 「あ、……ありがとうございます。こんなにセッティングしてもらっちゃって」 「……どういうことなんだ?」 「すいません。俺たち、彼女に雇われたんです。そんな怪しいもんじゃないです。ただ、彼女があなたとの仲を――というか、あなたの本音が聞きたいって言ったんで、ちょっと演出させてもらいました」 ハルキが申し訳なさそうに言うと、訝しむような男の視線が少し和らいだ。 「で、彼氏さん。鈴香さんと最近距離とってたのは、どういうことだったんですか?」 「どうって……」 言いよどむ彼を見て、ハルキが気を利かせた。 「すいません、俺たちいたら言いにくいですよね。あっちにいますんで、話終わったら呼んでください。じゃ、ごゆっくり」 ハルキはアイリを連れてまたカウンターに引っ込んだ。 「ちょっとハルキ! 何で戻って来ちゃうのよ? 彼氏さんの本音知りたくないのっ?」 「もう大体わかったから、俺はいい。気になるんなら、そこから盗み聞きでもしてろよ」 「いじわるー」 言いながらも本当に気になるようで、アイリはこっそりテーブルの方を窺った。 突然現れてしゃべっていなくなった2人に驚いている男に、鈴香が切り出した。 「どうしても言いたくないならいいけど……私も気になるの。何を隠してたの?」 「言いたくないわけじゃなくて……。まだ、本当は言える時期じゃないけど、でもせっかくだから、言うよ」 鈴香が頷く。 「俺もともと、就職でここ離れるって言ってただろ? けどやっぱり、こっちに残ろうかと思って。せっかく地元の大学通ってるんだし、お前もいるし」 「……もしかして、一回決まった内定取り消したのってそのため?」 「知ってたのか。……うん、まあ、そうなんだ。それで、こっそりこっちで内定とってお前驚かせようと思って」 「それで連絡とってくれなかったのね」 「そのせいで勘違いさせたんならほんとに悪かった。俺は別れるつもりなんてないし、嫌ってもない」 「そうだったんだ……。……ありがとう」 鈴香の少し照れた言葉に、目が合って、2人が笑顔になる。 そのまま、紅茶の最後の一口を飲み干した。 翌日の朝早く、アイリとハルキは同じ電車に乗って同じ路線を戻っていた。 あのあとすっかり元に戻った2人を見送って、その日はとりあえず休んで、またこうして列車に揺られている。 来るときとは裏腹に、気分もすっきりしている。 「そういえばハルキ、どーしてあの彼氏さんの隠し事わかったの?」 「男が女にする隠し事なんて、だいたい相手のためなんだよ。さすがに就職のこととか細かいことまではわかんねーけどさ、鈴香さんのためなんだろーなって事は最初話聞いたときから見当ついてた」 「ふーん。ハルキは、……誰かのために隠し事したことあるの?」 「どーだろうな?」 「またそーやってはぐらかすし!」 にぎやかに、2人は電車に揺られて帰っていく。 持ってきていた紅茶の缶は、ひとつ減っていた。 つきあい始めを思い出させてくれた紅茶を、2人が欲しいと言うのでプレゼントしたのだ。 (まあ、ハルキが淹れたあの味にはならないだろうけどねっ) 窓の外を見つめているハルキを見やって、アイリはそんなパートナーを誇らしく思った。 視線に気づいて、ハルキが何だよ? という顔をする。 「別に。ハルキ、帰ったらまたいつもの紅茶淹れてね」 これが、ささやかだけど大切な、2人の日常。 fin.
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ニュー主人公です。現代モノです。書いてて非常に楽しいです。 最終的なノリはSHAR-BINAとあんまり変わらないような気もします。 紅茶の話は以前から書いてみたいと思っていたので、書けてよかった。 主人公たちの名前も気に入っております。 ところでまだ、どちらがメイン主人公になるか決めてないんですけど……なんとなく、ハルキの方が人気ありそうだな(笑) 設定はアイリの方が細かくしてあったりしますが。 書きながら試行錯誤していきたいと思います。あー楽しみだな続き。 ←Back |