ああ、今日も月がキレイだ。



     Lily



 携帯のカメラは日々進化しているはずなのに、どうしてもそのキレイさをそのまま写してはくれない。

 月がキレイなんだよって。

 今日もこんなに暗くなっちゃったけどちゃんと帰ってきたよって。

 写真つきでメールでもしようかと思ったのに。

 写りが悲しいぐらい悪くてやめた。

 携帯を閉じてポケットにしまう。

 代わりに煙草を一本銜える。

 あ、もうすぐなくなる。

 確かもう少し歩いたところに自販機があったはず。

 シャッターの閉まった店先で財布を取り出す。

「……あ」

 忘れてた。

 11時過ぎたら買えないんだった。

 ボタンには全部赤い電気がついていて、肝心の商品のところは真っ暗。

 あー、ついてない。

 財布もしまって火点けてなかった煙草も箱に戻す。

 溜息をつきながら家に向かう。

 やっぱり、チャリ買おうかなぁ。

 駅から家までは遠くもないけど近くもない。ただ坂がとんでもなくきつい。

 『徒歩10分』を鵜呑みにした自分は浅はかだなとつくづく思う。

 やっと坂を上りきったら、家まではあと少し。





 玄関に自分のよりひとまわり小さなスニーカーを見つけて複雑な気持ちになる。

 なんだか会いたくない。

 だって今日は。

「あれ、お帰り」

 気持ちとは裏腹に、明るい声。

「……ただいま」

「ご飯たべる?」

「いや、後でいい。それより眠くて」

 部屋に入って財布と煙草と携帯を適当に放り出して、ソファに座った。

 台所でぱたぱたと音がして、数秒後には目の前にコップ。

「はい。お疲れさま」

「……ありがと」

 差し出された烏龍茶を一気に飲み干して息をつく。

「どうか、した?」

 声があまりにも近くて驚く。

 いつ隣に座ったんだ?

 こいつはいつも、こうやって音もなく隣に滑り込むのがうまい。

「なんで?」

「疲れてるみたい」

「そりゃ、バイト後だし」

「そうなんだけど。そうじゃなくて……。他にもなんかあったんじゃないの?」

「ないって」

「そう? ……ならいいけど」

 いいけど、とは言いつつ釈然としない顔で背もたれに寄りかかっている。

 本当は言及したいはずだ。

 でも俺がそれを拒んでいるのがわかれば、こいつはそれ以上絶対に強く言わない。

 いいんだ、それで。

 だって今日は。

 バイトで今までにないぐらい怒られたとか。

 月がキレイに撮れなかったとか。

 煙草が買えなかったとか。

 坂がきつかったとか。

 そんな小さな不幸がちょっとずつ重なっただけなんだ。

 他人から見たら、なんだそんなこと、で済むレベルの不幸。

 だけど0.1だって0.01だって集まったら1になるんだ。

 それが少しずつたまっていくのが我慢できない。

 だからってまさかそれを全部、君にぶちまける訳にはいかないだろう?

 君にだって日々たまっていく小さな不幸ってやつはあるんだから。

 俺の分まで知ろうとすることないんだ。

「じゃ、もう寝たら?」

「うん……」

 それもいいかもしれない。

 少しは忘れられるかもしれない。

 途端に眠気が襲ってきて、体を真横に倒した。

 狙うのは君の肩。

 寄りかかったままの俺の頭を君は優しく撫でる。

「やっぱり、なんかあったんだ?」

「……」

「ま、言いたくないならいいんだけど。重たくなったらどかすからね」

 どかすって。

 人に対して使う動詞じゃないだろ。

 なんてつっこむのも億劫で、ただ身を預けた。





「本当に素直じゃないんだから」

 ……ほっといてくれ。

「そういうところも好きだから、いいんだけどね」

 ……そりゃどうも。

 結局全部見透かされてるらしい。

 だったら意地張らないで言えばよかった。

 俺って今ちょっと格好悪い?

「あたしにとっては格好いいから」

 ……え?

「俺今なんか言った?」

「格好悪い? って訊かなかった?」

 あっそれ無意識に口に出してる方が最高格好悪い。

「かっこ悪くなんかないよ。辛いときに人に頼るのはあたりまえでしょ。お互い様だもん」

「格好良くはないだろ」

「そんなことないって」

 どこらへんが格好いいのかは全くわからなかった。

 でもそう言ってくれるから救われる。

 世界中の人に格好悪いと言われたって、君だけはそんなことない、と言ってくれるに違いない。

 それがどんなに俺の助けになっているか知らないだろ?

 ま、言ってないから当然なんだけど。

 本当に敵わないよ。

 俺には君を救ってやれる言葉なんかきっと言えやしないから。





 それでも明日の朝、今夜の月のキレイさを一所懸命伝えてみようと、眠りに落ちる寸前決めた。


fin.


イメージソングはBUMPの「リリィ」。歌詞付きで是非。

←Back