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食わず嫌い
「ねえ、『歴史学U』出てる人?」 学食でいつも通り昼食を摂っていた彼は、顔を上げた。 午後1時。午後の授業が始まって間もないこの時間の学食は、空いていて気に入っていた。 「そう、だけど……」 食べながらは失礼だと思いつつ、彼は箸を止めずに答えた。 「やっぱり! 割と早い時間から来てるのに寝てるよね」 にこにこと、彼女は言う。 誰だっけ、と食べることに一生懸命な脳に動いてもらって記憶を総動員する。 肩くらいまでの茶髪にピアス、適度なメイク。標準よりは美人な方と言える。そんな知り合いがいただろうか。 ……わからない。 それは決してこの日替わりランチの炊き込みご飯がおいしいから、じゃない。 「…………ごめん、誰だっけ」 「あはは、そんな一生懸命思い出してくれてたんだー? でも思い出せないでしょ? 全然気にしなくていいよ、だってあたしと話すの初めてだもん」 それはつまり、彼女も話すのは初めてということだ。 初対面なのにタメ口でしかもこの軽い感じ、はとりあえず置いといて、次に訊きたいのは。 「で、何用ですか」 「あたし、同じ歴史学取ってる矢代霞。経済2年。ものは相談なんだけど、ノート貸してもらえないかな?」 「……俺、寝てるって知ってるっしょ? 無謀だって気が付かないもん?」 「だってほとんど1年生だから声かけづらくて」 学年は学籍番号でわかる。2年には全員無条件で進級しているから、自分の学籍番号から2年だとわかったのだろう。 「むしろ俺が貸して欲しいくらいなんだけど」 「歴史得意なんじゃないの?」 「専攻してて、学部の授業でも取ってるから寝てられんの」 「あ、なるほどー。…………って、じゃああたしのノートは!?」 「俺に言われても」 「ですよねー。ああどうしよ……」 がっくりとうなだれる霞を見ていたら、何となく貸しを作ってやろうという気になった。 「今までもらったプリント持ってる?」 「うん。一応順番にとってあるけど」 「貸してくれたら、来週のあの時間までに、ノート作ってくるけど」 「ええっ!?」 あまりにも霞がすっとんきょうな声をあげるから、学食にいた少ない人も思わず振り返った。 霞は慌てて口をふさぐ。 「そんな大声出さんでも……」 「ご、ごめん……。だってもう10回は授業あったよ? 今から全部作る気?」 「復習になってちょうどいいし。俺今期授業少ないから、昼間は割とヒマだし」 「ホントにいいの?」 「ああ」 「じゃ、じゃあ……お願いします」 よほど歴史学を落とせないらしく、霞は頭を下げた。 かと思うと、次の瞬間勢いよく顔を上げて言った。 「その代わりなんかお礼させて! 何でもするよ」 「なんでも?」 「うん!」 「正門の前にある洋食屋、行ったことある?」 「ううん」 「そこのオムライスおごってもらえたらそれでいい」 「そんなおいしいの?」 「俺はあそこのよりうまいヤツ食ったことない」 「そんなにー? 嘘だー」 「嘘だと思うなら来週見てろ。ノートと共に」 ちょうどそんなふうに軽く宣戦布告すると、ランチを食べ終えた。 「そーだった。よろしくお願いします、菅野耕太くん」 「あれ、名前……」 「だから授業同じなんだってば」 「ああ、そっか」 耕太は霞が差し出したプリントの束を受け取って、立ち上がった。 「来週、休まないで来いよな」 「はいはい」 食器を戻して、耕太は学食から出て行く。 残された霞は、彼の背中に呟いた。 「なーんで、あたしがたまに休んでたこと知ってるわけ?」 もちろん、答えはわからない。 (ま、他人嫌いってわけじゃなさそうだし、よかったかな――) 一週間なんて、やることがあったら案外早く過ぎる。 耕太はどうにか作ったノートを持って、歴史学の教室に行った。 見渡してみたが、霞はまだ来ていない。 いつも座っているあたりに座って、今日は寝ないで待つ。 授業が始まって10分後、誰かが近づいてきた、と思ったら白いラビットファーのついたコートが視界に入った。 「ごめん、遅くなって」 小声で言って、霞は耕太の前に座った。 「全くだ」 「だからごめんって。……もう出席表まわしちゃった?」 「いや、まだ」 「よかったー。もし間に合わなかったら書いといてもらおうと思ったんだけど、よく考えたらあたし耕太くんの連絡先知らないのよね」 「そういやそうだな」 「ま、それは後で。それより……」 「はいこれ」 霞の言葉を遮って、ノートを出す。 「わーすごーい。ホントにできてる」 ぱらぱらとノートをめくりながら、霞が感心する。 「大変だったでしょ?」 「暇だからいーんだって。それよりオムライス忘れんなよ」 「オッケー。今日授業は?」 「これで終わり」 「ナイス。あたしも」 「決まりだな」 霞は頷いて、前に向き直った。 話したせいか、眠くなくなってしまったので10回ぶりに真面目に講義を聞いた。 授業が終わって、二人で店に入った。 「初めて来たけど、家庭的でいい感じ」 「だろ?」 夫婦らしい二人で切り盛りしている店で、席数はあまり多くない。 つい長居してしまうのは、霞の言うように家庭的な雰囲気だからだろうか。 オムライスとサラダを2つずつ注文すると、霞が訊いた。 「よく来るの?」 「バイト代に余裕あるときは割と」 「ふーん。何のバイトしてるの?」 「いろいろ。今んとこ続いてんのは居酒屋とスーパーのレジだけど、他にも単発でやってるから」 「じゃすごい稼いでるんじゃないの?」 「それがそうでもないんだな」 「どーして?」 「俺ちょっと、卒業したらやりたいことあって。そのために金貯めてんだ」 「やりたいこと? 仕事じゃなくて?」 「うん、仕事とは別」 そこまで答えると、サラダとオムライスができて二人の前に並べられた。 「おいしそーう。いただきまーす」 霞は急に目を輝かせ、スプーンを握る。 耕太も食べ始めた。 「おいしいッ!」 「だろー?」 「ホントに耕太くんの言ってたことそのまんまだね! あたしこんなおいしいオムライス食べたことない!」 感激して、霞はあっという間に食べてしまった。 ところが、サラダにはなかなか手をつけようとしない。 「食わないのか?」 サラダを指して訊くと、霞はちょっと気まずそうな顔をした。 「……笑わない?」 「は?」 「あたし、トマトが食べられないの」 なるほど、サラダには彩りのためかトマトが一番上に飾りつけてある。 「じゃ、無理にとは言わないけど」 「でもサラダ食べたいし……そうだっ、耕太くん食べて?」 「俺が?」 「うん。トマト嫌い?」 「別に」 「じゃあ食べて!」 はい、と差し出される。 耕太はまた強引な、とため息をついて言った。 「食ったことある?」 「ない」 「食ってみたら意外とうまいかもしんないじゃん」 「そのセリフ、そっくりそのまま耕太くんに返す」 「え?」 「いっつも、ひとりでいるじゃない? 授業のときもご飯食べるときも駅で電車待ってるときも。人付き合い苦手なのかなって思ったけど、話してみたら全然そんなことないし。どうしてひとりでいるの?」 「なんでそんな知ってんだよ」 「そんなことどうだっていいでしょ。授業で見かけてから何となく目に付くようになっちゃったんだもん。ねえ、どうして?」 耕太は思い切って答えた。 「面倒なんだよ、いつも誰かといるのって」 「それだけ?」 「そうだよ。友達多くなったらその分トラブったりするだろ? そういうのに巻き込まれんの嫌だし、ひとりの方が楽だろ」 「じゃあ、本気で他人と向き合ったことあるの?」 「ない」 「そんなのあたしの食わず嫌いと一緒じゃない。本気でつきあってみたら、そんなに嫌なことばっかりじゃないかもしれないでしょ?」 「それ試すほどの気力、悪いけどない。俺は卒業したら世界中の遺跡飽きるまで見て生活したいんだよ、だから大学来てんだよ」 霞はそれを聞いて、少し諦めたようにため息をついた。 食後のコーヒーが運ばれてきて、二人は言葉を交わさないでそれを飲んだ。 店を出ると、北風が吹きつける。 しばらく黙ったまま歩いていると、霞がふいに口を開いた。 「ねえ」 「ん?」 「もう一個、交換条件出さない?」 「は?」 「お互い、食わず嫌い直すの。あたしはトマト食べれるようになるから、耕太くんは本気で他人と向き合って」 「スケール違いすぎるだろそれ」 「そうかなあ」 「だいたい、そんな相手だってすぐ見つけられるもんじゃないし」 「あたしがいるじゃない」 (こいつ、意味わかって言ってんのか?) 耕太は眉をひそめた。 なんとなく、そう言うだろうなとも思っていたけれど。 「だって初対面のあたしにノート作ってくれたり、いろいろ話してくれたじゃない。本当は、他人と関わりたいんじゃないの?」 肯定しかけた自分を、どうにか留めた。 違う。 霞にそんなことをしたのは。 「ただの気まぐれだって」 「なにそれー」 霞が不満そうに頬を膨らます。 そんな霞を更にからかいながら、冬の道を歩く。 気まぐれだと、自分に言い訳している自分に気づきながら。 ---fin---
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大学生じゃない人にはわかりづらいかもしれない話; 正直、大学に来る目的って様々だと思うんだけど。 あたし自身、部活入っていろんなしがらみが見えてきて、 ちょっと嫌になってしまうこともあります。 でもそんな中で自分がどうしていくかってすごく大事だし、 自分の中でがんばり時と逃げ時がわかってくるから決して無駄なことではないなと。 どうでもいいけど耕太って名前好きなんです。字も音も。<ほんとにどうでもいい ←Back |