コンビニ

 コンビニは、命の源。
 わたしにとってそれは、大袈裟な表現でも何でもない。
 一日の終わりを告げてくれる、大好きな場所。
 ただ、そこに行くには、少しだけ嫌な現実も見ないといけないんだけど……。

「ねー綾加、模試どうだった?」
 後ろの席からあゆみちゃんが声をひそめて訊いてくる。
「もう最悪……また下がっちゃった」
 言いながら、憎らしいほど綺麗に印字された結果表を見せる。
 予備校行ってる甲斐もなく、わたしの成績は只今スーパーの閉店前タイムサービスのごとく下降中。下り坂のグラフとCとかDばっかりの志望校判定がやたら目につく。
「でもまだ2年だし、焦ることないんじゃない?」
「あゆみちゃんは上がってるんだからいいじゃん……。わたしなんてまた第一志望D判定だよ?」
「あのねえ、何度も言うけどあたしと綾加の成績たいして違わないんだよ? 綾加はあたしより偏差値高いとこ行きたいんだからしょうがないって」
「そうなんだけどね……」
「水野(わたしのこと)に皆川(あゆみちゃんのこと)。結果が気になるのもわかるが授業始めるぞ」
 先生に言われて、わたしたちは話すのをやめて前に向き直る。
 わたしはまた結果に目を落とした。
 隣の人も気がつかないくらい小さく、溜め息をつく。


 気乗りがしないまま予備校が終わって、あゆみちゃんと別れて駅の方へ歩き出す。
 ここから家に帰るまでが一番自由で好きな時間。
 途中でコンビニに寄って、缶紅茶を買う。
 レジでお金を払おうとしたら、肉まんなんかをあっためるケースが目に入って、ついそれも買っちゃった。
 外に出て、車止めに座って(この時間だと車も少ないから)、缶を開ける。
 一口飲んで、息をつく。
 秋の夜は少し肌寒いけど、冬に向かっていくこの短い時期が、わたしはけっこう好きで。
 夜の11時、真っ暗なときにここにいるのも季節が関係なく好き。
 嫌なことも、一瞬だけど忘れられる。
 でも……、ああ、思い出しちゃった。
 カバンからさっきの結果表を引っ張り出す。
 我ながらひどい結果……。でもそれは、さっきあゆみちゃんも言ってたようにわたしの志望校の偏差値が高すぎるせいだと思う。
 書いてあるのは、誰もが一度は聞いたことがありそうな有名なところばっかり。
 2年生から予備校に通ってたり、有名大学を志望してるのは、わたしの意志じゃなくてお母さんのせい。
 自分が大学に行けなかったからって、娘を少しでもいいところに入れようって必死なんだ。パートに出てまで予備校の授業料稼いでるぐらい。
 わたしにやりたいことがあればまだ反論の余地もあるんだろうけど、今のところこれといってないし、あったところですんなりやらせてくれるとも思えない。
 またこの模試の結果見せたら怒られるんだろうな……。
 なんてぼーっと考えていたら、突然。
「わー! 危ないよけてーー!!」
 って悲鳴が聞こえた。
 思わず顔を上げると、人(+スケボー)が勢いで近づいて来てた。
 わたしはもうびっくりして、ただ向かってくる人とスケボーを見てるだけだった。
 あっ、こっちに来てるんだ。
 ってわかったのは、その人が目の前に来たとき。
「なんでよけないんだよぉぉぉっごめんーぶつかるううう」
「よよよ予告できるぐらいならどうにかしてよぉっ! きゃーーっ」
 スケボーは車止めにぶつかって、乗ってた人は前に吹っ飛んで……そう、つまりわたしごとつんのめってひっくり返った。後頭部に鈍い痛みが走る。
「わぁごめんね! てか今すごい音したよね頭とか打った!?」
 ひっくり返った人はすぐ上体を起こして、わたしの顔をのぞきこむ。
 後頭部やら腰やら背中やら打ったし、まだその人が上に乗っかったままだから重いしとかいろいろあるんだけど、それよりその顔と髪に見覚えがあった。
 同じクラスだ、と思う。
「まじで打ち所悪くない? 気ぃ失ってなかったら住所氏名年齢電話番号プリーズ」
 ヒヨコ頭の彼がおどけて言うけど、わたしはまだびっくりしてるのとなんでこの人が、っていうのが混ざってて軽くパニック状態。
 よいしょ、と起き上がって、彼はわたしのことも起こしてくれた。まだちょっと心配そうな顔してる。
「だいじょぶ? ごめんね、水野綾加さん」
「……氏名、知ってるんじゃない」
 ああ……すごい情けない第一声。
「うん。オレ見てびっくりしてるってことは7組のヒトでしょ? スズメの涙程度の出席日数でもクラスメイトの名前くらいは覚えてるんだよ♪」
「そうなんだ……」
「ハイここでクイズでーす。オレは誰でしょうっ」
 自分を指差してチッチッチッてテレビみたく時間の音とかやってる。
 ……変な人。
 でも、なんか人懐っこくて面白いな。
 わたしがちょっと黙ってるから、まさか覚えてもらってないんじゃ……みたいな不安そうな顔してる。
 見てたらなんかおかしくなってきて、思わず吹き出した。
「何を笑ってるかな君は」
「ご、ごめん……。ちゃんとわかってるよ、2年7組男子15番、村瀬成くんでしょ?」
「ファイナルアンサー?」
 ――絶対言ってくると思った。
 ノリよく真顔でファイナルアンサーって言ってあげると、村瀬くんはみ○もんた風のしかめ面でわたしをじーっと見て、
「正解ッ! ――ちょっと待ってね」
 そこまで言うと、急に立ち上がってコンビ二の中へ入ってしまった。
 どうしたんだろ……。
 すると1分もしないうちに出てきて、さっきまでわたしが飲んでた缶紅茶と同じのをわたしに差し出して、笑顔で言った。
「はいっ、賞品。と、おわび」
「おわび?」
 あれの、と彼がさっき倒れたあたりを指差す。
 なるほど。
 さっき飲んでた缶紅茶、倒れた拍子にわたしの手から離れて、中身がほとんどなくなっちゃってた。
「受け取ってくれないとオレが困るんで、もらって?」
「わかった。……ありがとう」
 熱い缶を受け取って、車止めに座りなおす。
 村瀬くんもスケボーを拾って、隣に座った。
 わたしは無事だった肉まんを半分にして、彼にあげた。
「おーサンキュー。しっかしホントにごめんね。けどスケボーがぶつかんなくてよかった」
「そんなこと……。わたしもよけられなかったし」
「休憩してたトコに突っ込んで紅茶ダメにしちゃったのに心が広いね君は」
「そうかな? わたしって物分かり遅いから」
「いつもここ来てんの?」
「ううん、予備校がある日だけ。これから帰るとこ」
「ひとりで?」
「そうだよ?」
「寂しくない?」
「うーん、学校にも予備校にも友達はいっぱいいるし……家に帰るとお母さんがうるさいから、ちょっとここで気力の補充中なの。村瀬くんこそ、ここで何してたの?」
「オレは家がこのへんだから。ちょっくらカッコつけてスケボーで買い物来たら散々なことに」
 村瀬くんは膝を打ったみたいで、そこをさすりながら溜め息をついてる。
 クラスメイトだけど、話したのは初めてだった。
 さっきもちらっと言ってたけど、村瀬くんはあんまり学校に来てない。こういうキャラクターだから友達はたくさんいるし、授業ほとんど受けてないのに成績は学年トップ。学校に来ない理由が、見当たらない。
 訊きたいけど、今日初めて話したのにいきなり訊くのも悪い気がして、訊けなかった。
「親とか、なんか言わない?」
「ウチ片親だから。帰ってくんの遅いし」
「そうなんだー……」
 なんかどんどん、意外なことがわかってくるなぁ。
「お、今のなかなか新鮮な反応」
「え?」
「普通片親とか言うと謝られるんだけどさー。それはオレもどうしたらいいかわかんないから。そーやって流してくれるくらいがちょうどいいわけよ」
「なんか……思慮深い人だね村瀬くんて」
「わーはじめて言われたよそんなこと」
 嬉しそうに胸の前で手を組んで、目をきらきらさせてる。
 思慮深いけど、やっぱちょっと変。
 そこでわたしはふと時計を見た。
「大変! 電車なくなっちゃう! またね村瀬くん!」
「あ、待って待って」
 わたしを引き止めて、彼はさっき紅茶を買ったレシートの裏に何か書いて、わたしにくれた。
「打ったとこひどくなったら連絡して」
「うん、ありがと」
「あと」
 駆け出そうとしたわたしに、人懐っこい笑顔で言った。
「ここに来て、話し相手欲しかったらいつでも呼んで? 飛んで来るから」



「って言われてもねぇ……」
 家に帰って部屋にこもって、村瀬くんにもらったメモを見つめた。
 携帯の番号と、メールアドレスが書いてある。
 ヒヨコ頭の、考え深いけどちょっと変な人。話したのは今日が初めて。
 そんな人に、たいした用もないのになんてメール打ったらいいの?
 まだ、電話の方がましな気がする。
「あーもう、やめやめ!」
 用ないのに無理にメールすることなんてない。
 わたしはメモをこっそり手帳に入れた。
 これでいつでも、村瀬くんと連絡が取れるんだ。
 そう思ったら、なんか誰にも言えない秘密を持ったみたいでちょっと嬉しかった。
 ……なんて幸せ気分に浸っていたら。
「綾加、ちょっと来なさーい」
 下からお母さんが呼ぶ声がする。
 う、そういえばそうだった。
 スケボー事件ですっかり忘れてたけど、ひどい模試が返ってきてたんだった。
 恐る恐る降りていくと、案の定お母さんはとっても怒っていて。
 わたしがリビングに入るなり、言ってきた。
「綾加、どういうことなの!? また成績下がってるじゃない! 授業料だってバカにならないのに……いい加減真面目にやりなさいよね!」
 いつものことだ。
 高い授業料払い続けるくらいなら、すっぱり諦めた方が何もかも楽なのに。
 それができないほど、お母さんはわたしの成績がいつか上がって、有名大学に合格できるって思ってる。
 いつかなんて、来ることはないのに。
 行くつもりのない大学のためにいくら勉強したって、成績なんて上がりっこないって、どうしてわからないの?
 わたしは、お母さんの身代わりじゃない――
 そう思いながらも、言い返しそうになるのを唇を噛んで堪える。
 思いをどうにか奥に押し込めて、笑って、いつもみたいに、『ごめんなさい。次からはがんばるから』って言わなきゃ。
 でも。
 今日はどうしても、それができなかった。
「いい加減にしてほしいのは、お母さんの方だよ!」
 なぜか、そう叫んでた。
「自分ができなかったことを、娘に押し付けないでよね! わたしはお母さんの物じゃないし、言いなりにもなりたくない! わたしはわたしなんだから!」
 それだけ言い捨てると、家を飛び出した。
 夜中の空気はますます冷えて、帰ってくる前より寒い。
 ああもう……、なんであんなこと言っちゃったんだろ。
 なんでいつもみたいに笑えなかったんだろ。
 絶対、お母さんを傷つけた。
 ごめんなさい。
 でも、いくらがんばってもダメなこともあるって、わかって欲しいの。
 わたしは、わたしの足で歩きたいの。
 歩きながら、いろんな思いがぐちゃぐちゃになって。
 気がついたら、涙がこぼれていた。
「っう……」
 近くの公園まで来て、中に隠れられる遊具に入って、ひとしきり泣いた。
 しんとして誰もいない夜中の公園。
 ひとりでいると、ますます寂しくなって、涙が止まらない。
 “ひとりで? 寂しくない?”
 さっき村瀬くんが言ってた言葉を思い出す。
 ……そうだね。寂しいかも。
 特にこんな時間に、こんなところにいるから余計に。
 “話し相手欲しかったらいつでも呼んで?”
 呼んでもいいのかな……。
 話、しなくてもいいから、誰かにいてほしい。
 わたしはすがるような気持ちで携帯を握りしめ、村瀬くんの番号を呼び出した。


『もしもし?』
「――あ、村瀬くん……?」
『水野さん? どしたのこんな時間に』
「話し相手、いつでもしてくれるんだよね……?」
『や、それはいーけど、もしかして泣いてる?』
「うん……」
『ソッコー行く。今どこ?』
「3丁目の公園……」
『オッケ。じゃ、すぐ行くから』
 それからしばらくして、自転車の音がして、遊具の外で止まった。
「呼ばれて飛び出てジャッ…」
 微妙に最後まで言いきれないまま(ジャジャジャジャーンて言いたかったんだろうな。古いけど)村瀬くんはやってきた。
 多分びっくりしたんだと思う。
 わたしが泣いていたから。
「さむくない?」
「だって他に……行くとこないんだもん……」
 まだしゃくりあげながらわたしが言うと、村瀬くんも遊具の中に入って隣に座った。
「じゃ、帰りたくなるまでここにいたらいーよ」
「なるかなぁ……」
「まぁそれは君次第だけども。経過を報告せよ」
「うん……」
 わたしは息を整えて話した。
 寒いし、面白くもなんともない愚痴なのに、村瀬くんは黙って聞いててくれた。
「なるほど。それで飛び出してきたんだ」
「うん。……ねえ、いい大学ってなんのために行くの? それってそんなに価値のあること?」
「それは一概には言えない、とおもうよ。それに価値を感じる人もいるし、そうじゃない人もいるし。水野さんはそうじゃないけどおかーさんはそうだって、そういうことでしょ」
「そっか……」
 価値観の違い、ってやつね。
 言ってもわかってくれないんじゃない。
 根本的に、考え方が違う。
 きっと、そういうこと。
「水野さんはさ」
 鼻をすすりながら、村瀬くんが訊いてくる。
「うん?」
「君のおかーさんの言いなりになるのが嫌、なんだよね?」
「うん……まあ、ね……。別にいい大学行きたくないわけじゃないよ。でも、それが敷かれたレールだっていうのがね、嫌なの」
「そう言った?」
「言ったよ。そこはちゃんとね。でも、わかってくれなかった」
「じゃ、長期戦だネ」
「そーなんだよねー」
 わたしは遊具を登って、デッキみたいになってるところに寝っ転がった。
「あーあ。結局時間かけてわかってもらうしかないのかも」
「ま、そうゆう相手がいるっていいことでしょ」
 村瀬くんも言いながら、わたしと同じようにする。
 なんだか引っかかる言葉だったから訊こうとしたら。
「わー星がすごいーー」
 彼は急に声のトーンをあげた。
「ホントだぁ。毎日この時間外にいるのに気が付かなかったー」
「空の大きさに比べたら、悩み事とかどうでもよくなんない?」
「なっちゃうね。あー泣いたしお腹空いちゃった」
「じゃ、コンビニ行かない?」
「行く! 肉まんが食べたいっ」
 がばっと起き上がって、遊具から降りる。
 村瀬くんの自転車の後ろに乗っけてもらって、秋の長い長い夜を切る。
 コンビニ行けるってだけで、なんでこんなに元気になれちゃうんだろ。
 さっきまで泣いてたのに、わたしってホント現金。
 でもコンビニ行ったら、冗談抜きで活力補充できるから。
 駅2つ分離れてるのに、自転車だとあっという間に着いたいつものコンビニ。
 中に入って、ホットドリンクのコーナーからいつもの紅茶を選んで、レジに行く。
 村瀬くんはポカリスエットを持って先に並んでいた。
「肉まん食べるんだっけ?」
「うん」
「じゃーオレピザまん食おーっと」
 それも買って、二人で外に出て車止めに座る。
 紅茶を開けて、一口飲む。
 あー、生き返るー。
「ホント幸せそうな顔して紅茶飲むね君は」
「そっかな? だっておいしいもん」
「コンビニで買うから、でしょ」
「そうそうっ! そうなんだよね〜。安くないけど、なんか、スーパーで買うのとは違うの」
「わかる気がする。こっちも食べる?」
 わたしが頷くと、村瀬くんは食べかけのピザまんをわたしの方に差し出す。
 渡してくれるんだと思ったら顔に近づけるから、わたしが口を開けたら食べさせてくれた。
「……うん、おいしい」
「そっちもちょうだい?」
「あ、いいよ」
 わたしも村瀬くんと同じようにしてみた。
 ……今気づいたけど、周りに人もいるのに相当恥ずかしいことしてるんじゃないの?
 横でもぐもぐ肉まん食べてる村瀬くんをこっそり見る。
 ほんと、変な人だなぁ。
 その人に助けられたのも事実だけど。
 ここでだけじゃなくて、せっかくおんなじクラスなんだから学校でも会いたいな。
 そう思ったから、訊いてみた。
「ねえ、村瀬くん明日学校くる?」
「あー、ちょっと無理かな……」
「どうして?」
「バイト」
「バイト?」
「そ。前も言ったけどオレんち片親だからねー。しかも親病気がちでさ。オレもちょっとでも稼がないと、と思って」
「じゃ、たまに学校くるのってバイトない日?」
「ピンポーン。だからさ、水野さんみたいに大学のこととか親とケンカできるのってちょっと羨ましーな、って」
「あ……」
「そんな顔しないで? オレは別に今の生活に不満があるわけじゃないよ。バイトして終わったらここ来るの楽しみだし。水野さんにも会えたし。どんな生活しててもさ、面白いことっていっぱいあるんだよ」
「いいね。村瀬成流人生哲学、って感じで」
 わたしが笑うと、村瀬くんも笑った。
「やっと笑った。そうしてた方がいいよ」
「え?」
「あっオレ、もう帰んないと。水野さんも、もう遅いし。送ってく」
 急に立ち上がった村瀬くん。
 ……もしかして、照れてる?


 また自転車の後ろに乗って、遠ざかるコンビニを見つめる。
 やっぱり、コンビニはわたしにとって大事な場所だな。
 次の日もがんばろうって気力をくれる。
 ゆっくりする時間をくれる。
 それから。

「あのコンビニ行くとき、また電話して」
「うん」
「てゆーかオレ以外に電話しないで?」
「え?」
「あとオレ以外のヤツに肉まん食べさせちゃダメだかんね?」
「ええっ!?」

 ちょっとだけ素敵な出逢いもくれた、みたい。

fin.



ちょっと今まで書いたものとは雰囲気が違った感じになりました。
バイト行く前にコンビニ寄るの何気に楽しみだったりするので、
そこを前面に押し出そうと思ったのに意外とコンビ二のシーンが少ない(笑)
成くんもちょっと異色な感じのヒーローですね。
前後編にして、前編→綾加、後編→成にした方がよかったかも、とちょっと後悔……
まぁこの詰め込みすぎ感も今の実力、ってことで;;
成くんがヒヨコ頭なのは単に私の趣味だったりします(笑)


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