BEST DISTANCE


「んじゃあ練習終わりーっ」
 夜の7時。
 三宮高校男子バスケ部は練習を終える。
 部長・篠山弘人の声に、わらわらと着替えに散る部員たち。
 副部長の佐谷敬輔も、弘人と並んで歩きだす。
「やっぱ飛山いねーと効率が違うよなぁ。病院行くって言ってたけど、どっか悪いのか?」
「あぁ、あいつ喘息持ちだからさ、たまに診てもらってるんだ」
「さすが詳しいな……ってそれってお前んちでか?」
 敬輔が頷くと、弘人は「やっぱり」と納得顔だ。
 敬輔の家は病院だ。佐谷総合病院といって、ここら辺ではかなり規模が大きい。
 思えば、月イチで診療に来ていた李可と病院で偶然会った頃から話すようになったのだ。
「そういや、それで飛山と話すようになったんだっけか?」
 着替えて学校を出ると、ちょうど考えていたことを弘人が言う。
 中学の頃からのバスケ仲間で親友でもある。
 厄介事とか相談事とか話すわけじゃないけど、巧や洋一とはまた違った意味で、大事な仲間だ。
 李可もそうだ。
「うん……そういやその頃のことって話したっけか?」
「いや?」
 弘人が興味ありげに返す。
「いろいろあったんだよなぁ……」
 敬輔はゆっくりと話しだした。






(Side Keisuke)


「あれ? 飛山?」
 中1の夏休み。
 やっと慣れてきた部活も新人戦に向けて練習だーってときに夏風邪なんてひいて、久しぶりに病院の方に行ってたときのことだ。
 あ、ちなみに病院の方ってのはおれの家が同じ建物にあるからで。
 それはいいか。続けよう。
 んで、薬もらって戻ろうとしたら同じクラスの飛山にばったり会った。
「佐谷くん……」
「初めて会ったなぁ。ここ通ってんだ?」
「う、うん……。佐谷くんはどうして?」
「あれ、知らなかったっけ? ここ、おれんち」
「そうだったんだ……」
 『佐谷』なんて名字そんなにたくさんあるわけでもないし、おれも別に隠してるわけじゃないからクラスの奴なら知ってることだと思ってた。
 でも、そうだ。
 飛山は、ちょっと他の奴らと違ったんだ。
「ま、それはいいけど。どっか悪いのか?」
「私ずっと喘息持ちで……。運動とかすると発作が出るから。佐谷くんは?」
「おれは夏風邪」
「大変だね。気をつけてね」
 そう言うと、飛山は帰っていった。
 自分の方がよっぽど大変なはずなのに、おれにわざわざ言うなんて。
 変な奴。

 それがおれたちの出会いだった。

 それから二週間後も病院で会って、二言三言会話をした。
 飛山は、その頃もう仲のよかった沙恵や和未と違ってそんなにしゃべらないおとなしいタイプだったけど、話すのは別に苦痛じゃない。
 冗談言えば笑うし、おれが軽く愚痴れば励ますし、反応はいたって普通だ。
 『普通』に見える飛山の裏にあるものを、おれはこのときまだ知らなかった。


 9月になって2学期が始まった。
 おれは相変わらず沙恵、和未、巧と毎日騒いで笑って過ごしていた。
 でも、心の中では一ヶ月経っても二ヶ月経っても空席のままの飛山の机を気にしていた。
 飛山は4月から学校に来ていない。
 小学校が一緒で、顔は知らないわけじゃないからあのときわかっただけで、今年初めてクラス一緒になった奴なんて覚えてないだろうな。
 とはいえ、このままじゃ進級できないんじゃないかなんておれはいらない心配をしたりしていた。
「なぁ、飛山ってなんで不登校になったか知ってるか?」
 ある日巧に聞いてみた。
「飛山? って飛山李可か?」
「そう」
「さーなぁ。いじめられたとかじゃねーの?」
「噂だけど、失恋したらしいよ〜?」
 横から沙恵が言ってきた。
「失恋?」
「そう。なんかひどいフラれ方したらしくて、人間不信みたいになっちゃったんだって」
「そうなのか……って沙恵、何でそんなこと知ってんだ?」
「乙女の情報網をあなどっちゃダメだよー」
「はぁ……」
 わかったようなわかんないような返事ををして、おれは考え込んだ。
 失恋?
 人間不信?
 中1で?
 マンガかドラマの中のような不登校理由に、おれは頭がついていかなかった。
 思えば、恋も知らなかったその頃のおれに、そんなことわかれって言うほうが無理な話だったんだ。


 それから秋くらいまで、学校では気にしながら二週間に一回病院で飛山に会う、っていう日々が続いた。
 この頃飛山には、まだおれに隠してることがあって。
 それを知ったのは、10月に入ってすぐのことだ。


「あ、佐谷くん」
 いつものように病院の廊下で会って、笑って手を振ってくる飛山。
 おれも軽く手をあげて近づく。
「よく通うよなぁ、こんな頻繁に」
「うん。大変は大変だけど……来ないともっと大変だし、家も近いから」
「そうなのか」
「ここから歩いて10分くらい」
「へぇ〜」
 そういえばいつも歩いてきてるみたいだ。
 まぁ、少し遠くても運動できないんじゃ歩くしかないけど。
 飛山はふと、おれの格好と荷物に目を留めて、
「これから部活?」
「え? あ、これか? ……ほんとはないんだけど、個人練」
 今日は日曜。
 部活はないけど、おれと弘人はそんな日は近くの体育館で練習していた。
 二人とも、表立ってそんな努力見せたいタイプじゃなかったから。
「じゃあ学校じゃないんだ?」
「うん、そこの体育館」
「……わたしも行っていい?」
「え!?」
「だめ?」
「いや、いいけど……平気か?」
「なにが?」
「運動したら悪いんじゃ……」
 そこの、といってもここからは自転車で20分はかかる。飛山がどの程度まで大丈夫なのかわからなくて、ちょっと焦った。
「大丈夫大丈夫。あ、でも自転車ないよ」
「いいよ、おれの後ろ乗ってけば」
 ……って言ってしまってから少し後悔した。

 自分とあまり体格の変わらない相手(この頃はまだおれの身長も発展途上だったから)を後ろに乗せて、おれは死に物狂いでペダルをこいだ。
「大丈夫?」
「平気平気! もうすぐ着くし」
 半ばヤケになって、おれはスピードをあげた。
 後ろで飛山が楽しそうに笑っているなんて知らずに。
 ――やっと体育館に着くと、弘人はもう待っていた。
「遅かったじゃん敬輔」
「い、いや、ちょっと……」
「佐谷くん、大丈夫?」
 ぜえはあ息切れしてるおれを、飛山が心配そうに見てくる。
 弘人が意外そうな顔をして、
「誰?」
って訊いた。
「あー……えっと……おれのクラスメイト」
「飛山李可です。よろしく」
「俺は篠山弘人。隣のクラスだけど見たことないな」
「私学校行ってないから」
「ふーん。あんまり個人練見られんの好きじゃねーんだけど……ま、いーや」
 弘人は理由を聞くでもなく、あっさり言って中に入っていった。
「い、いいの?」
「いいって。あいつはああいう奴だから。それより中入ろうぜ」
 そう言っておれも中に入ろうとしたとき。
 どさ、と後ろで鈍い音がした。
「え?」
 振り返ると、飛山が倒れていた。
「おい! 飛山!? しっかりしろ!」
「どうした!?」
 おれの大声を聞いて、弘人が飛び出してくる。
「飛山がいきなり倒れて……」
「おまえんち連れてくぞ!」
「おうっ」
 おれたちは飛山を抱えて、病院へと走った。


「――貧血?」
 顔なじみの内科医の言葉を聞いて、おれと弘人は脱力した。
「だってこいつ喘息持ちだって……」
「喘息は呼吸困難や咳が主な症状だよ。いきなり倒れることはほとんどない」
「貧血って……真夏でもないのに」
「彼女はもともと体が弱かったみたいだけど、今倒れたのはそれのせいじゃないね。別のことだ」
「別って?」
「それは彼女の主治医が知ってるよ。この内科にはいないけれどね」
 目を覚ましたら大丈夫だよ、と言って医者は行ってしまった。
「なんだよ貧血かよ……驚かせんなよなー」
 弘人がぐったりする。
「悪い。あんまり急でおれだって驚いたんだよ」
「にしても貧血って……。点滴までしてあるし、なんか別の病気なんじゃないか?」
「かもなぁ……。鷺沢さん(さっきの内科医だ)の口ぶりからするとそんな感じだったな。内科じゃないってことは外科かな?」
「外科って突然ぶっ倒れるような持病あんのか?」
「うーん……」
 なんて話していると、飛山が目を覚ました。
「あれ? ここ……」
「おれんちだよ」
「えっ、あ、さ、佐谷くん!? 篠山くん!?」
 いきなり慌てて起き上がった。
「あ、そんないきなり」
「なんでここに……って、そっか、私……」
 倒れたことは覚えているらしくて、額に手をやる。
 腕につけられた点滴を忌々しそうに睨みながら、ぼそりと言った。
「驚かせてごめんね」
「それはいいんだけど……、なあ、おまえ喘息以外にもなんか病気なのか?」
 おそるおそる聞いてみた。
「……私ね、拒食なの」
「「え!?」」
「春休みに失恋したんだけど……その相手の人に『背の高い女はタイプじゃない』って言われちゃって、それから」
 飛山は少し自嘲気味に話した。
 フラれて少し経ってから、自分の体は食べ物を受け付けなくなった。
 ある日栄養不足で倒れ、それから病院には喘息の薬と栄養剤をもらいに来ていた。
 喘息持ちなのは本当で、万が一知り合いに会ったときのための言い訳にもしていた。
 最初、おれに会ったときのように。
 無理に食べても吐いてしまうから、学校には行けない。行きたくない。知られたくない。
 そうしてひっそりと、中学をやり過ごすつもりだったらしい。
 一通り話を聞き終えて、おれは怒り心頭きていた。
「そのおまえフッたて奴、サイテーだな!」
「そうそう。そんな外見で人判断するような奴とは付き合わなくて正解だって」
 おれと弘人が言うと、飛山は一瞬きょとんとした顔をして、それから笑った。
 何かを吹っ切ったような、晴れ晴れした笑顔。
「そういや飛山、バスケ好きなのか?」
 笑いがおさまると、弘人が言った。
「うん。見るの専門だけど」
「よかったら、俺たちの部のマネージャーやってくんねえかな」
「え!? 私が!?」
「見るの好きってことは、ルールも知ってるんだろ? 今いなくてちょっと困ってんだ」
 弘人が更に続ける。
「……私が行ったら、助かるの?」
「「そりゃあもう」」
 二人でハモった。
 男子バスケ部は去年3年生だったマネージャーが卒業してから、まだ新マネージャーがついていなかった。……大変なんだ、いろいろと。
 おれたちの大変さを汲んでなのかどうか知らないけど、飛山はまた笑って、
「じゃあ、やる」
って言ってくれた。

 それから飛山――李可は学校にも来るようになって、バスケ部のマネージャーとしてそれはそれは働いてくれた。
 おれが話してたからか、沙恵や和未とも仲良くなって。
 高校も同じで、また弘人に誘われて男バスのマネージャーをしている。
 昔あんなことがあったなんて、今の李可からは信じられないくらい明るくなった。






「あー、お前がいきなり個人練のとき飛山連れてきたのって、そーいうわけだったのか」
 敬輔が話し終えると、弘人が納得したように言った。
「そういうわけ」
「フツー、そんな背景あったらお互い好きとかにならねーもん?」
「おれたち、フツーじゃないからさ」
「それもそーか」
 弘人はあーあ、と伸びをして、
「じゃあな」
と敬輔の家と反対の方向に曲がっていった。
 敬輔も手を振り返して、自分の家に歩き出す。
 (そう、フツーじゃないんだ)
 あの頃、李可に必要なのは「恋人」ではなかった。
 本当は一緒にいるうちに好きになっていたけれど、恋に傷ついて拒食にまでなった彼女のことを考えると、とても言えなかった。
 黙っているうちに年月は経ち、出会った頃よりもっと『友達として』仲良くなっていくうちに、そんな気持ちも薄れていった。
 もうずっとお互い、いい友達のままでいるんだろう。
 凹んだときは話を聞いて。
 嬉しいことがあったときは一緒に喜んで。
 それでいい。
 今の距離が、自分たちには一番合っている。
 遠すぎず近すぎず。
 この距離を保っていけたらいい。
 (変えたくないんだ。お互いに)
 そこまで思って家に着くと、門の前に誰か座っていた。
 敬輔は黙って近づいて、門を開けながら言った。
「またフラれたか」
「また、は余計だもん」
 李可が唇を尖らせながらついてくる。
 凹んだときは話を聞く。
 それは今も続いていて、李可は何かあるとこうして門の前で敬輔を待っている。
 行く先は病院の屋上だ。
 そこで数え切れないほどの時間を過ごして、話をした。

 李可にもいつか、凹んだとき支えてくれる人が現れるだろう。
 何があっても負けずに恋をしているけれど、まだまだそれは先のことになりそうだ。
 それまでは、友達である自分が、居場所を提供し続けよう。
 一生ものの親友の、君のために。


fin.


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