BEST CHARACTER いつのまにか、それは習慣になってた。 彼女を少しでも孤独から離したかったから。 「洋一、卒業おめでとう」 3月15日。明珠北高校では卒業式が行われた。 洋一が卒業証書を手に校門に向かうと、和未が待っていた。 三宮高校はとっくに卒業式が終わっていて、和未も受験が終わっていたわけではなかったから、会うのは結構久しぶりだった。 「わざわざ来なくていいって言ったろ?」 「だって。結局一回も来たことなかったから」 「そういえばそうだな」 洋一は、改めて校舎を振り返った。 玄関の辺りでは、部活をやっていた同級生たちが後輩に花束を渡されたり、胴上げをされたりしている。 男子校でも、卒業式のそういう風景というのは、変わらない。ただ、泣く声が全体的に低いということくらいだ。 「和未、今日時間平気か?」 「うん。卒業祝いするつもりで来たから」 「あと、お前の合格祝いも、だろ?」 洋一が言うと、和未は嬉しそうに頷いた。 歩き出して、遠くに遊園地の観覧車が見えてくると、ふと洋一は思い出した。 「そういえば……一回、お前失踪したことあったよな」 「あったっけ、そんなこと」 和未がきょとんとしているので、洋一はまっすぐに観覧車を指差して、 「俺も、あれ見て思い出したんだけどさ……」 そして話し出した。 二人が高校2年生だった頃のことだ。 ---------- 「ただいま」 「おじゃましまーす」 洋一に続いて、声を弾ませて和未が家にあがる。 ここは藤松家。 予備校がある日は、洋一はこうして和未を家に連れてくるようになった。 和未も最初の頃は遠慮がちだったが、つきあい初めて1年経った今では気兼ねなくあがってくる。 「お帰り。いらっしゃい、和未ちゃん」 母親が出迎える。こっちも慣れたものだ。 「今日はイタリアンなのよー。入って入って」 促されるままダイニングに行く。 「あ、あんたは着替えてからね」 びしっと言われて、洋一はおとなしく 「わかったよ」 と二階へ向かう。 母親と和未の楽しそうな話し声が聞こえてくる。 すぐに着替えて階下に降りた。 夕食をすませると、洋一の部屋へあがった。 並んでベッドに寄り掛かって座る。 「お前すごい食ってたな」 「うん。洋一のお母さんの料理おいしいから」 「あの人、ずっと娘欲しがってたから。お前が食ってくれるの楽しみにしてんじゃねーの」 「そっか……」 紅茶のカップをローテーブルに静かに置くと、和未は洋一にもたれかかった。 「……どうした」 和未の頭を撫でながら訊く。 和未は人に理由なく甘えない。頼らない。 だからこうしてくるときは絶対何かある。 「うん……」 なかなか言おうとしない。 「何か、あるんだろ」 「……あのね」 預けられた体が少し緊張したのがわかった。 「お父さん、再婚するんだって」 翌日の気分は最悪だった。 悪いことっていうのは重なるもんで、こういう日に限って毎授業当てられたりミスったりする。 (まったく……) どうにか放課後までこぎつけてへばっていると、一年からのクラスメイトの真野竜樹がからんでくる。 「どーしたよ洋一。絶不調じゃん」 竜樹はよくしゃべって人当たりのいい奴で、洋一とはまあ正反対だ。洋一も人当たりが悪いとは言わないが。 「まあな。そういう日もある」 「相変わらず自分のこと話さんねーお前は」 「話すほどのことじゃないから」 「いっつもそれだよ。おれはまあいいとして、彼女はそれでいいわけ?」 言われて考える。 和未は自分のことを話せとか言わない。 和未は割に話したがりで洋一も聞くのは苦じゃないから、和未のことは何かと知っている。 でも、俺のことは? 「やっぱ話してねーのかー。大丈夫なのか?」 「今は……それどころじゃねーから」 「どーいう事だよ?」 「ちょっとな……」 それきり何も言わない洋一に、竜樹が不思議そうな顔をする。 (再婚、か) 和未の父親は家を空けることが多かった。 それは仕事のせいばかりじゃなくて恋人がいるせいだとは和未も知っていたけれど。 和未が人を信用しきれないのはこのあたりの家庭事情にあるのかもしれない。 誰にも本当に心を開かない彼女に踏み込んだのは自分が初めてらしい。 なぜ自分なのか、そこは洋一にも未だにわからなかった。 「なぁ洋一。おまえの彼女って三高の秀才少女だろ?」 竜樹がいきなり言った。 「は?」 「知らねーの? 三高始まって以来の天才だってちょっと有名なんだぜ。そんな頭良かったらお前の性格とかわかってんじゃないか?」 「かもな」 「だからかえってちゃんと言うこと言わないとだめなんだって。わかってくれてると思うのが危ないんだぜ」 「それで、俺にどうしろって言うんだ?」 「考えてることはちゃんと話してやれ。何か大変なことあんなら、今以上のこと抱え込ませんなよ」 洋一は頷いた。 確かにそうだ。 和未は何でもひとりで抱えすぎる。 自分といることで、少しでもそれを軽くしたい。 自分がこんな性格だったとは知らなかった。 誰かを守りたいとか救いたいとか。 自分にもそういう面があったんだとわかった。 そのために、今自分にできること。 それは。 「親が再婚するっつったらどーするか、って?」 テーブルを挟んだ向かいで、長瀬巧が難しい顔をしている。 洋一はあの後、巧を家に呼んだ。 巧も母親と二人暮しなので、何か参考になるかもと思ったのだ。 和未の父親の再婚話は巧も知っていたため、巧は自分が呼ばれた理由がわかっているようだ。 「ホントにそーなんないとわかんねーけど……。とりあえず、反対はしない」 「そういうもんか?」 「うん。オレは別に父親が欲しいわけじゃないけど、母さんがめちゃくちゃ苦労してきたの知ってっからさ」 巧は少し大人びた表情で言った。 彼は短大に行って、卒業したらすぐ働きたいと言う。 それはひとえに、母親の負担を減らすためかもしれないと洋一は思った。 そしてそんな巧を尊敬した。 自分には誰かのために具体的にできることがないから。 「だから、オレが大人になる前に母さんを楽にできる人が現れるんなら、それでもいいかなーとか」 「……お前はすごいな」 ふと、素直な感想をもらしていた。 「な、え、洋一!? 熱でもあんのか!?」 「なんで」 「だってお前がオレのこと褒めるなんてありえないだろ!?」 「ありえなくないだろ。本当にそう思っただけだ」 「でもさあ……」 腑に落ちないといった顔をしている巧を見て、洋一は少し笑った。 本当に面白い奴だ。 さっきまで大人びた顔をしてたのに、もういつもの顔に戻っている。 敬輔もそうだが、奥が深い。敬輔は敬輔で、また違った深さもあるのだが。 ふいに洋一の携帯電話が鳴った。 「……陸部?」 ディスプレイを眺めて、眉をひそめた。が、とりあえず出る。 「もしもし」 『洋一!? 和未の行きそうなところって見当つかない!?』 焦りまくった声が聞こえてくる。 「何かあったのか?」 『いないの、和未! どこにも。今日あたしと李可と待ち合わせしてたんだけど来なくて、連絡も取れないし……!』 「……」 携帯電話を耳に当てたまま、黙り込んだ。 (やばい) どこかで気持ちの糸が切れたのだ。 (あいつが行きそうなところ……) ふと、ある和未の言葉を思い出した。 「心当たりならある。陸部、飛山も連れてうちに来い」 『いーけど……。ちょっと時間かかるよ?』 「いい。それに巧もいるし。俺が絶対連れ戻すから、うちで待ってろ」 『うん、わかった』 電話を切ると、巧が心配そうに聞いてくる。 「どうかしたのか?」 「和未がいなくなった」 「え!?」 「連れ戻してくる。悪いけどお前、ここで留守番しててくれ。陸部と飛山が来る。あと敬輔にも連絡しとけ」 「いいけど……。どこ行くんだ?」 「ちょっとな」 洋一はそれだけ言い残すと、家を飛び出した。 いつか和未が言っていた。 『あたしのお父さんとお母さんはね、遊園地で出会ったの』 何回目かのデートをしたときだ。 珍しく遊園地に行きたいと和未から誘ってきたのでどうしたのかと思っていたら、そんなことを話し出した。 『お母さんが乗ってた観覧車が途中で動かなくなっちゃって。そのとき助けにきてくれたのが、たまたまアルバイトでその係員やってたお父さん』 観覧車を見上げながら、話し続けた。 『なかなか素敵な始まりでしょ?』 洋一が否定も肯定もしないでいると、自嘲気味に笑って言い放った。 『でも、どんなに始まりが素敵だからって、永遠に続く恋愛なんかないの』 洋一はそう言った彼女の顔を見て初めて、離婚で受けた和未の傷の深さを知った。 彼女を守りたいと思い始めたのは、多分その頃からだ。 案の定、和未はあの遊園地にいた。 平日の夜。まばらな客のなか、ひとりで観覧車の前のベンチに座っていた。 洋一が声をかけるより早く、和未がこっちに気づいた。 「……うそ……」 次の瞬間、和未の目から涙が溢れた。 駆け寄ってくる和未を抱き留める。 「来てくれるなんて思わなかった……」 「今までもこうして、ひとりでここに来てたのか?」 「うん……。来てくれる人なんていなかったけど……」 「来ないはずないだろ」 言うと、ますます和未が泣くからどうしていいかわからなくなった。 「そんな泣くなよ……」 「ご、ごめんっ……。最近いろいろありすぎて、わけわかんなくって」 やっぱり、とため息をつく。 再婚以外にも何かあったのだ。 「とりあえず、全部言ってみろ」 「今? ここで?」 頷くと、和未をベンチまで引っ張っていって座らせる。 自分も隣に座った。 和未は話し出した。 「あたしね、洋一みたいな人にずっといてほしかった」 「俺?」 「そう。泣きたいときに泣かせてくれて、こうして言いたいことも言わせてくれて。たまにわがままも聞いてくれる」 それは自分じゃなくてもできる気がする。 それだって意識してそうしようとしていたわけじゃない。そうするのが、当たり前だと思っていたから。 「母親が子供にするみたいに、うんと甘やかされてみたかった。口では平気って言ってても、本当はひとりでなんていたくないの。誰かに、思い切り愛されたいの」 和未は遠くを見ながら話し続ける。 洋一はその横顔を黙って見ていた。 「どうしていつも、あたしの意思は最後なの? お父さんは、あたしのことなんてどうでもいいの? ……あたしは、ずっと、」 そこで一旦言葉を切った。 最後の一言は、涙と一緒に出た。 「──ひとりで寂しかったのに」 言い切ると、今度は声をあげて泣き出した。 洋一は、いたたまれなくなって和未を力いっぱい抱きしめた。 (ごめんな、和未) 全然わかっていなかった。 どんなに今まで、寂しい思いをしてきたのか。 辛い思いをしてきたのか。 そして、言いたいことを言わないできたのか。 ここまで追い詰められないとわかってやれないなんて、自分は一体今まで和未のどこを見ていたんだ? 「これからは、もっと何でも言っていいんだからな」 すぐにはできなくてもいいから。 ゆっくりと、人に頼るってことを覚えていってほしい。 (できれば最初は、俺がいいけど) やっと落ち着いた和未を連れて家に戻ると、頼んだ通り4人が待っていた。 「みんな……」 「ホントに連れて帰って来るしなー」 「今までも何度かいなくなったけど、誰も居場所突き止めらんなかったのに」 沙恵と巧が悔しそうに言う。 「よかった、無事で。もう、すごい心配してたんだからね」 李可が笑う。 「結局どこにいたんだ?」 敬輔も安心したように訊いてくる。 「え? それは……」 「どこだっていいだろ。ちゃんと見つけてきたんだから」 「いいけどさー。何か悔しいなぁ。もう誰よりも洋一が一番、和未のことわかってるんだもん」 「当たり前だろ」 「お前さ、そんな淡白そうな顔してさりげにのろけんのやめろよな? いつか言おうと思ってたんだけど」 「意外と洋一って自己主張するタイプなのね……」 「和未に少しわけてやれないもんかねー」 と、敬輔が和未を振り返る。 ……和未は寝ていた。 「疲れてんだな……」 「いろいろあったとか言ってた」 「そうかもねー。あたしたちには話してくれなかったけど。いっつもどうやって乗り越えてたんだろ?」 「さあ……。和未、弱いけど強いからね。そこらへんはひとりでもどうにかしてきたんじゃない?」 弱いけど強い。 李可のその言葉は的を得ているように思えた。 本当にそんな感じだ。 一生懸命、寂しさと戦いながらひとりで生きてきた。生半可な性格じゃできない。 「さて、無事見つかったんだしおれたちは帰るよ。もう結構遅いし」 「え? あ、ホントだ」 「洋一、和未起こすのか?」 「いや。よく寝てるし」 「洋一がいーなら、寝かせといてあげて。多分、安心して眠れるのって洋一のとこだけだと思うから」 沙恵の言葉に洋一が頷くと、4人は本当に安心したように帰っていった。 (安心、か) それで自分の顔を見た途端泣いたのかもしれない。 (ひとりで張り詰めすぎだっての) 寝顔を見ながら、ため息をついた。 それから数時間、和未は眠り続けた。 起きると、和未はまた泣いていた。 洋一は手を伸ばして、和未の頬を拭った。 「……なんで泣いてんの」 「えっ、あたし泣いてる?」 自分でも気付いていなかったようで、目をこする。 「起きたら忘れちゃったんだけど……多分夢見てた」 「どんな?」 「だから覚えてないって。でも……すごく寂しい夢だった気がする」 そう言うと、和未はそっと洋一によりかかった。 「洋一は、あたしをひとりにしないでね?」 とんでもなく甘い台詞も思いついたが、口をついたのは、 「つきあってるうちはな」 こんな素っ気ない一言だった。 何でいざってときに大事なことを伝えられないんだろう。 自分もいい加減素直じゃない。 「またそーいう可愛くないこと言うし」 和未が少し拗ねたように言って、今度は抱きついてくる。 「でもそれでいい。洋一がずっと変わらなかったら、あたしずっと好きでいれるから終わることもないし」 思わず抱きしめていた。 言葉ではうまく返せないから、せめて態度で返したかった。 ---------- 「そんなこともあったわねー」 よく行っていたファミレスに行って、運ばれてきたものに口をつけて和未は言う。 あまりにあっさりした反応に、洋一はちょっとがっかりする。 まぁ、和未にはモノローグ抜きで事実だけ話したからそれも仕方ないが。 「ったく……なんで忘れるかな、自分のことのくせに」 「なんか、いろいろ大変っていうふうにしか覚えてなかったんだもの。しょーがないじゃない? あたしの頭ってそんな性能良くできてないし」 「良くない奴が、一発であの大学受かるかよ」 苦笑しながら洋一は返す。和未はさんざん周りから無理だと言われていた大学に合格した。 そこは、洋一が既に受かっていた薬学部のある、理系では割と有名な大学だった。 「まーそれとこれとは別よ。受かったのだってまぐれかもしれないし?」 「ああ、そーかもな」 「でも良かった。これでまだ、ひとりでいなくていいみたい」 「え?」 「『つきあってるうちは』、一緒にいてくれるんでしょ?」 悪戯っぽく言われて、洋一は少し照れた。 さっきまでの話で、洋一はその言葉は話していない。 ……ということは。 「…………ほんとは、全部覚えてるな?」 「バレた?」 「俺がそう言ったこと、言ってねーし」 「……」 ちょっと決まり悪そうにする和未に、洋一が更に追い討ちをかけようと口を開いたとき。 「あれー? 二人ともこんなとこで何してんの?」 「みんな!?」 見ると、巧、敬輔、李可、沙恵が入ってくるところだった。 「何って、卒業と合格祝い」 「あ、洋一今日卒業だったっけ」 言いながら4人が席に座ってきて、いつもの会話が始まる。 「ってコトは和未、合格したの!?」 「おかげさまで」 「うわーっ、すごい! あんなに変えろって言われてたのに!?」 「さすがだなぁ。これでうちの学校も評判良くなったりしてな」 敬輔が感慨深く言う。 そんな敬輔の背中を巧がばしっと叩く。 「なーに言ってんだよっ! そういう敬輔だって、部活やりながら国立はちょっとすごいぜ?」 「痛いって。おれはまぐれみたいなもんだから。でも巧だって勉強嫌いなのによく短大受かったよな」 「そこだよね〜。あたしも未だに信じらんないもん」 クールに沙恵が言い放つと、巧が沈んだ。 「あーあ、沈んじゃったー」 「放っとけ。俺も陸部の意見には賛成だしな」 「もう、二人とも……私みたいに専門学校にしないで、ちゃんと短大受けようって決めて受かったんだから、もうちょっとなんか……」 「いいんだって。甘やかすとつけあがるからな」 敬輔にも言われ、巧はもはや再起不能になってしまった。 「それより、何だかんだ言って沙恵も行きたいとこ受かったんでしょ?」 「うん。和未と洋一が勉強教えてくれたおかげ!」 「そんなことないわよ。実力よ実力」 「やっぱり?」 「お前まで調子乗るなよ」 似たもの同士が、と洋一がつっこむと、みんなが笑った。 これから6人は、別々の道を歩くことになる。 でも、ずっと変わらずつきあっていけるだろうと、誰も言葉には出さなかったけれど思っていた。 ふと、目の前に座っていた和未と目が合う。 にっこり笑う彼女を見て、会った頃とはずいぶん変わったと思った。 あんな笑顔、前はしなかった。というか、できなかったのかもしれない。 人一倍気が強くて。 意地っ張りで。 そのくせ寂しがりで。 素直じゃない俺の事もわかってくれる。 変わってほしくないのは、俺も同じだから。 できる限り寂しい思いはさせない。 いつも張り詰めてる気持ちを、俺のところでは緩められるような、そんな恋人でいてみせる。 だから、まわりがどんなに変わってしまっても、 ──君だけは、いつまでもそのままで。 ←Back |