夏祭りは君と2人で


 携帯電話が鳴る。
 聞きなれた着信音。相手はわかっていた。
「もしもーし? 直(すなお)?」
『おう、明日暇?』
「暇〜〜〜。どうせそうだと思ってかけたんでしょ?」
『うははっ。まあ、そうだけど。じゃ、祭り行こう』
「お祭り?」
 真央(まお)は言われてしばらく考えた。
 暑いのは苦手だし、人込みも嫌い。
 ましてや明日の夏祭りは地元でも規模が大きくて有名で、最後には花火も上がるから混むのは必至。
「なんでわざわざこのあっついのに外出なきゃいけないのー?」
『そこをなんとか! どうせ鮎奈もヒロと行くんだし、ひとりで家にいたってつまんないじゃん』
 鮎奈とヒロ。
 痛いところを突かれて真央は黙る。
 ヒロこと裕泰と鮎奈、真央、直は大学に入ったときから仲が良かった。真央は裕泰が好きだったが、裕泰はこのあいだのクリスマスに鮎奈とつきあいだした。
 早い話が失恋だ。
 鮎奈と裕泰に気を遣わせるのも嫌で、真央は自分の想いを裕泰に伝えることはしなかった。
 それでもどういうわけか、直にはバレていて。
 この際だからとさんざん泣いて、愚痴も言って、直には随分助けてもらった。
 今では2人にも普通に接せられている。
 それでも、セットで名前を出されたりするとまだちょっと、辛かったりもするのだ。電話の向こうの直はそんなこと思ってもいないだろうけれど。
「確かにつまんないけど。鮎とヒロに会ったりするのはやだなあ……」
『考えてもみろって、あれだけ広いんだぜ? まず会わないって。なんなら花火見ないでもいいから。なっ、行こうって』
 なんでそんな行きたいのかわからなかったが、直の必死さを感じ取って、
「うん」
 と返事をしていた。




「うわー。やっぱわかってたけど、人すごい」
 大通りの両脇には屋台がずらりと並び、普段からは想像もできないほどの人で溢れている。
 真央は慣れない浴衣と下駄で、この人込みを抜けられるか心配になってきた。
「去年雨だったからかも。今年は祭り日和だなぁ」
「祭り日和とかあるの?」
「いや、知らないけど。そんな感じじゃん。暑いし」
「確かに」
「で、どうしよ? 行く?」
「だってここ抜けていかなきゃ神社に着けないよ? 一応、お参りするんでしょ?」
「そうだけど……真央が浴衣着てくると思わなかったから」
 改めて言われるとなんだか照れる。
 今更、女の子扱いして欲しくて着てきたわけじゃない。
 夏しか着られないし、せっかくあるんだから、と軽い気持ちで着ただけだ。
「え、あの、そんなにおかしい?」
「いや、そういう意味でなく。それはそれでいいじゃん、かわいいし」
 さらりとそんなことを言って、直はまた大通りに視線を向ける。
 顔を見られなくてよかった、と真央は思う。絶対赤い。
「じゃ、ぼちぼち行きますか」
 何事もなかったかのように直が言って、二人は通りを歩き出した。
 屋台と人の喧騒。
 あっという間に現実世界から隔離される。
 毎日通る道なのに、屋台が並べばそこは非日常。
 ここには暗い顔をしている人なんていない。
 普段、そんな場所はあるだろうか?
 みんなが嬉しそうににこにこして、思い思いに食べたり飲んだり、楽しんでいる。
 祭りに来て楽しまないなんて馬鹿だと思わない?
 ここへ来る途中、直が言った。
 それもそうだ。
 せっかく来たんだから、楽しまなきゃ損だ。
「あ、あれ食べたい」
 真央は立ち止まって(実際流されないように必死で)、直の袖を引っ張った。
「べっこう飴? 女の子はスキだねえああいうの」
「うんっ。お祭り来ると絶対食べるんだー」
 嬉々として小銭を払う真央を、直は軽く嘆息して見つめる。
 透き通って棒にささった飴。きらきらと光を反射する。
 それを大事そうに持って、真央はまた歩き出す。
「開けないの?」
「だってこんな人混みで食べるの危ないでしょ。そういや直はなんか食べないの?」
「んー、どうしようかなあ。あっかき氷」
 「氷」と書かれたおなじみの屋台を見つけて、直は突発的に食べたくなって買った。
 イチゴやメロン以外にも味がたくさんあって、思いがけず悩んでしまう。
 結局レモンを選んだ。
 『チャレンジ精神がない』とかいう真央のつっこみは軽く流した。
 この人混みを歩きながらものを食べるなどというのは至難の業だったので、二人は大通りから外れて児童公園を目指した。
 運よく空いていたベンチに腰をおろす。
「随分減っちゃったね」
 直の手のかき氷はすでに溶けはじめ、最初ほどの高さはなくなってしまっていた。
 直はうん、と言いながらも食べ始める。
 あっというまにカップの中の氷は消えていく。
「……ねえ」
 直がきっちり食べ終えるのを待ってから真央は切り出した。
「ん?」
「どうして、今日誘ってくれたの?」
「少しは気分転換になるかと思って」
「気分転換?」
「だってやっぱし、元気なく見えたから。その……クリスマスあたりから」
 言われて驚いた。
 もうだいぶ失恋の痛手なんてやつは薄れて、普通にしているつもりだったのに。
 仲睦まじくしている鮎奈と裕泰を見ても平気になってきたのに。
 元気がなかった?
 自覚している以上に、ショックだったのだろうか。
「そうかなあ……? もう、かなり吹っ切れたと思うんだけど」
「でも我慢してるようには見えたよ。鮎奈と気まずくなりたくないから、気がつかれちゃいけないって必死になってなかった?」
 非常に的を得た直の言葉に、俯いてしまう。
 その通りだ。
 吹っ切れた。
 普通にしている。
 それはすべて“つもり”に過ぎない。
 打ち明けることもできなかった恋は、自分ひとりで処理していくには時間もかかるし辛い。
 けれど自分がすっきりするために言ってしまって、二人の仲や四人の仲が気まずくなることだけは避けたかった。
 そうなるくらいなら、自分が我慢した方がいい。
「……だってっ、失恋しちゃったって毎日会うんだよ!? 意識するなって方が無理でしょ!?」
 大声を出したら一緒に涙も滲んだ。
「ヒロが鮎のこと好きって気が付かなかったら言うつもりだったの。だけど自然と気が付いちゃったから……絶対言っちゃいけないと思った。迷惑かけたくなかったし、みんなで仲良くいたかったから、だから……」
 その先は泣くのを堪えるのが苦しくなって言えなかった。
 肩を震わせて俯く真央の頭に、直がぽんと手を置く。
「……言わせてごめん」
 真央は首を横に振る。
「辛かったんだよな、ひとりで」
 そう言われて涙が出た。
 そう。
 辛かった。
 だけど辛いのは自分だけじゃないから。
 自分より辛い人はたくさんいるから。
 簡単に言っちゃいけないと思った。
 でも、心のどこかで、それをわかって欲しかった。
 直はぴたりとそれを言ってくれた。
 真央が辛いことを、知っていてくれた。わかってくれた。


 それから数十分、真央は泣き続けた。
 直は黙って隣に座っていた。
 真央の頭に置いた手はどかさずに。



「もう帰る?」
 やっと泣き止んだ真央を引っ張るように歩かせながら直は訊いた。
「……花火、もうすぐだよ。見ていこうよ」
「見ないんじゃなかったっけ?」
「せっかく来たんだもん。見る」
「じゃ、穴場知ってるから。そこ行こう」
 言葉少なに歩いて、古いビルの屋上に来た。
「勝手に入っちゃっていいの?」
「ここの管理人さん父親と知り合いでさ。こういう日は特別に入れてくれんの」
「ふーん」
 花火の方向を向いて座る。開始まではまだ三十分ほどあった。
「さっきごめんね? あんなに泣いたりして」
「いや、全然。……ちょっとびっくりしたけど……」
「あはは、だよねー。わたしもびっくりした。でも言ってほしいことを言ってもらえると、素直に泣いたりできるもんなんだね」
「俺なんか言った?」
「言った言った」
 どの言葉がそうなのかは敢えて教えなかった。
 自分の中にだけしまっておくことにする。
 横で直は「そんなこと言った?」と首を傾げている。
 その様子がなんだかかわいくて、くすりと笑った。
「何ひとりで笑ってんの」
「べつにー」
「泣いたり笑ったり忙しい人だねえ」
「女の子は忙しいんですうー」
 いつか見たCMの台詞を真似して言ってやる。
 直は苦笑して、花火が上がるであろう空に視線を戻した。
 あと五分。
「けど俺は、鮎奈とヒロがつきあってちょっとラッキーだったけどな」
 ぼそりと直が言った。
「えっなんで?」
「真央と夏祭り来れたし」
「……わたしを元気付けるためじゃなかったの?」
「もちろんそれが一番の理由だけど。二番目は」
 そのとき、大きな音と共に夜空に光の華がいくつも咲いた。
 思っていたより打ち上げ場所に近いらしく、大きな声を出さないとお互いの声が聞こえない。
 矢継ぎ早に打ち上げられる花火に二人は見入った。
「ごめん直、さっきの続き。二番目の理由って何?」
 しばらく経って、真央が声を張り上げる。
 直は聞こえるか聞こえないかギリギリの声で、言った。


好きな人と2人で、夏祭り行きたかったから


 真央はこっちを向かない。
 だけど何となく顔が赤い気がするのは花火に照らされているせいだけじゃない。……と思いたい。
 ありがと、と真央の唇が動いたのを、直は見逃さなかった。


fin.



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